第285話 約束

怪物が藤堂に直撃する寸でのところで能力を発動させた火月は、

彼女を即座に抱き抱えると大きく真横にジャンプして攻撃を回避する。


とにかく今は相手との距離を取る必要があると判断し、周囲を見渡す。


『あそこなら、身を隠せそうだな』


薄っすらと広がる煙の中で怪物の死角となりそうな場所を発見すると、

そのまま滑り込むように移動し、藤堂を地面に下ろす。


こんな状況にも関わらず、彼女は全く目を覚ます気配がなかった。


あの戦闘狂の権化のような人間が満身創痍の状態になっているなんて、

今回の怪物は相当手強いらしい。


まさか、早見が用意した機械仕掛けの扉をくぐった先で

傷有り紅三の扉に遭遇するとは思っていなかった。


水晶が蒼色に二つ点灯していたので、

既に修復者が入っていることは予想していたが、

その内の一人が藤堂だったとは……。


平日の昼間にも関わらず、

こいつはこんなところで何をやっているんだろう?と疑問に思ったが、

今は目の前の怪物を対処することが最優先事項である。


もう一人の修復者がいる場所へ移動した火月は、

足元がフラフラし、今にも倒れそうになっている彼に肩を貸すと声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


「どうもすみません。あの……彼女はどうなったのでしょうか?」


「まだ死んでないので安心してください。

 今はあそこの裏に隠れてもらっています」


つい先ほどまでいた場所に顔を向けて、火月が目配せをすると

「そうですか……それなら良かったです」

と彼は心底安心した様子で頷いていた。


知り合いじゃないはずなのに、

何処か見覚えのあるような顔をしている人だったので

過去の記憶を辿っていると、

以前この男性と出会っていたことを思い出す。


確か、初めてねぎしおをアタルデセルに連れて行ったときに

水樹さんと話をしていた人だ。


「今日は、鶏さんと一緒ではないんですね」


想定外の発言に面食った火月は、思わず質問する。


「私の事、覚えて下さっていたんですか?」


「こう見えて、人の顔を覚えるのは得意なんですよ。

 といっても、お店の中に鶏を連れて来るような人、

 私じゃなくても中々忘れられないものだと思いますけどね」


男性がそう言い終えると、目尻に皺を寄せ優しそうな表情をしていた。


「それは……確かに」


今にして思えば、結構大胆なことをしていたような気がする。


色々と弁明したいところではあったが、

ここでゆっくりと話をしている訳にもいかない。


二体の怪物が空中で回転を始め、次の攻撃を仕掛けようとしていた。

どうやら、こちらに狙いを変えてくれたらしい。


「せっかく助けに来て頂いたのに、

 今の私じゃ、あなたの足手まといにしかならないでしょう。

 どうか、彼女を連れてここから逃げてもらうことは出来ないでしょうか?」


以前、少しすれ違ったレベルの人から、

いきなりそんなお願いをされるとは思っていなかった。


彼の目を見ると、

決して冗談を言っているわけではないことは直ぐに理解できた。


ただ、この状況で傷有り紅三の怪物を一人で相手にする……ということが、

どんなことを意味するかは誰だって容易に想像できる。


「頼りないかもしれませんが、おとりになる体力はまだ残してあります」


火月の肩を離れ、何とか自力でその場に立った男性は

怪物の方を向いて鞭を構える。

先ほどまで舞い上がっていた煙は完全に晴れていた。


『なぜこの人は、こんな状況にも関わらず、

 そんな平然としていられるのだろうか?

 これじゃあ、まるで最初から―――』


そこまで考えがいった火月は、直ぐに口を開く。


ので、その依頼を受けることはできません。

 だから、彼女を助けたいのなら

 あなたが最後まで責任をもって扉の外に連れて行くべきだ」


そう言い終えた火月は腰のホルダーから短剣を引き抜くと、

空中で回転する二体の怪物を目掛けて走り出したのだった。

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