第281話 父親

外に出ると、街中に金木犀の香りが漂い始めた神無月。


同じ失敗を繰り返すまいと思い、

今度は傷有り紅一の扉を狙うことにした山内は、

深夜帯に扉の出現を感知して外に飛び出した。


懐中時計の案内に従い、指定の場所に到着すると

そこには自分の求めていた傷有り紅一の扉が姿を現す。


一番レベルの低い扉なら大丈夫だろうと思ってはいたのだが

いざ扉を目の前にすると、どうしても足がすくんでしまう。


しばらく扉の前で立ち尽くしていると、不意に暗闇から誰かの声が聞こえた。


「中に入らないんですか?」


まさかこんなところで話しかけられるとは思っていなかったので、

声のした方へ顔を向けると

スーツ姿の見知った顔の男性が、街灯に照らされながら姿を現す。


「元田……君?」


「あれ、山内さん? どうもご無沙汰しております」


同時に二人が軽く会釈をする。

彼は会社の取引先相手の社員の一人で、特に仲良くさせてもらっている人だ。

一人娘を持つ者同士、共通の話題で直ぐに打ち解けた記憶がある。


見た感じ仕事帰りのようだが、

何故彼が扉について聞いてきたのか不思議でならなかった。


「もしかして、君にもこの扉が見えるのかい?」


「その質問をされるということは山内さんも―――」


彼の質問の意図を理解し、小さく頷く。


「ここで立ち話をするのも何ですから、あそこのベンチで少し話をしませんか?」


彼の提案を断る理由は何処にもなかった。



――――――


――――――――――――


「まさかお互い修復者になっていたとはね」


「えぇ、私も驚きました」


どうやら元田君も修復者のようで、

私よりもずっと前からこの副業をしているそうだ。


このご時世、会社が絶対に安泰という保証は何処にも無い。

何かあったときのために、別の働き口をもっているのは強い武器になる。


夜の遅い時間なら家族にも心配をかけずに活動できるとのことで、

深夜帯の傷有り紅一の扉を専門に修復しているらしい。


扉の中の怪物が実界に出てきて、

家族の脅威とならないようにも気をつけているようで、

何とも家族想いの彼らしいなと思った。


「出現したばかりの扉は、例え傷有り紅一であっても気をつけた方が良いですよ?」


「やはり、そう思うかい?」


「扉に絶対はないですから……。

 それに一時間ほど待てば情報屋の人が情報を持ってきてくれるかもしれません」


「情報屋?」


「私が勝手に頼りにしている人なんですけど、

 一番最初に扉に入って、

 異界の情報集めをしてきてくれる修復者の方がいるんですよ。

 直接お会いしたことはないんですが、

 その人の情報があれば格段に扉の修復の難易度が下がります」


「へぇ、そんなことをしている人もいるんだね」


全員が全員、扉の修復をするわけではないことを知り、

自分も何か別の切り口で修復者の活動ができないか、

一度考えてみてもいいかもしれないと思った。


ひとまず今回は、

彼の助言通り情報屋の人の情報が入ってから

扉の修復をするかどうか決めることにした山内は

静かにベンチを立つ。


「少し話過ぎてしまったみたいだ。時間も時間だし、君も早く帰った方が良い」


「山内さんもご家族にバレないように気をつけて下さいね」


「……そうだね。元田君も家族との時間は大事にしてくれ」


「はい。今度お会いした時は、一緒にお昼でも食べましょう」


彼の後ろ姿が暗闇に消えて行くまで、その場で見守っていた山内は

小さく溜息をつくと再度ベンチに座り直す。


離婚した件について話をしても良かったのだが、

何故がそれを伝えるのははばかられた。


私のような失敗をする人間はきっとそう多くはないはずだ。


自分の失敗談を相手に話して忠告する行為は、

何よりその相手を信用していないことと同義になるのではないだろうか?


きっと、彼なら大丈夫なはずだ。

何たって家族のために修復者になるような男なのだから。

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