第280話 それぞれの思い

妻との離婚が成立してから約一ヶ月後、

仕事を休職していた山内は引っ越しを済ませたタイミングで

修復者の活動を開始した。


といっても、いきなり一人で扉を修復するのはハードルが高いと思ったので

最初は水樹さんに他の修復者を紹介してもらい、

傷有り紅二の扉にチャレンジする運びとなった。


この時出会った修復者は凄く印象に残っている。

一言で表現するなら、裏表のない真っすぐな青年だった。


大学進学に伴って田舎から上京してきたらしく、

人助けとバイトの両立ができると考え、修復者になったんだとか。


話を聞いていく内に、自分よりも後に修復者になったことが判明したので

正直、この人で本当に大丈夫なのだろうか?と心配になったが、

いざ扉に入って怪物との戦闘が始まったら、その不安は直ぐに解消された。


元々運動をしていたらしく、

彼の振り下ろすこんが怪物を一撃で仕留めた時は

本当に同じ人間かと疑ったくらいだ。


ほとんど力になれなかったので申し訳なさを感じつつ、

何故そこまで一生懸命になれるのかを聞いたところ


「人助けをするのに理由なんてないっすから」


と笑顔で返されたときは、あまりにも彼が眩しくて直視できなかった。


そして同時に、

彼は彼なりの信念をもってこの活動をしているんだと理解した瞬間でもあった。


――――――


――――――――――――


次に山内が挑戦した扉も傷有り紅二のものだったが、

その時は単身で扉に入った。


別に一人で扉を修復できるとは思っていなかった。

今にして思えばちょっとした出来心のようなものだったんだろう。


『少し中の様子を見に行くだけ。ヤバそうなら引き返せばいい』


そのくらいの安直な考えしかなかった。

結論から言えば、この好奇心は自分の身を危険に晒すことになる。


怪物の様子を物陰から観察していた山内は、

うっかり音を漏らしてしまい、怪物に追いかけ回される羽目となった。


命からがら自分の身を隠すことに成功したものの、

緊張で全身が硬直し、その場から身動きが取れなくなってしまう。


もう生きて帰ることは無理だろうな……と半ば諦めていたところ、

突如一人の修復者が怪物の目の前に現れ、直ぐに戦闘を開始した。


ブラウンカラーのポニーテールをなびかせ、

右腕の鉤爪を振り回すその女性は、

まるでダンスを踊っているかのように怪物との戦闘を楽しんでいた。


激しい攻防が続いていたので自分も手助けをしようと思い、

何度も立ち上がろうとしたのだが、身体は全く言う事を聞いてくれず、

結局、彼女……もとい藤堂さんによって怪物が始末されるのを

ただ見守ることしかできなかった。


自分の存在に気づいていなかったのか、

出口の扉に彼女が吸い込まれていくのを確認すると、

大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。


怪物と命懸けで戦うこと、

それ自体に意味を見出している修復者も存在するということを

知るきっかけになった出来事だった。

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