第279話 落伍者のプライド

反対側のヒトデの怪物を何とか凌ぎ切った山内が後ろを振り向くと、

地面に横たわった志穂が視界に映る。


「あぶないっ!」


叫ぶと同時に鞭を勢いよく伸ばし、

彼女に直撃するギリギリのところで怪物を払いのける。


『間に合って良かった……』


安堵の息を吐いた山内は、その場にしゃがみ込むと彼女の肩を揺する。


「藤堂さん、大丈夫ですか?」


数秒待ってみたものの、反応は返ってこなかった。

どうやら呼吸はしているようなので、単に意識を失っているだけのようだ。


腕や足には数ヶ所切り傷があり、

怪物の攻撃を防ぎ切れなかったことが推測される。


彼女の右腕には鉤爪のような武器が握られており、

おもむろに白く輝き始めたと思ったら、至極色の懐中時計に姿を変えた。


『もしかして、これが時計の能力の時間切れというヤツなのだろうか?』


修復者になる時に、水樹さんから能力の制限時間に関する話を聞いた気がする。


自分は固有の能力を発動したことがないので分からないが、

もし仮に、今がその状況だとするならば

彼女が戦闘に復帰するのはほぼ不可能だろう。


つまり、今戦えるのは自分だけ……ということになる。


「予定が狂っちゃったな」


山内がまいった言わんばかりに頭の後ろを掻く。

まさか、こんな状況になるとは思っていなかった。


ただ、このまま彼女を放っておくわけにもいかない。

むしろ、彼女には何が何でも生きて帰ってもらわなければならないのだ。

そうじゃなきゃ、


『こうなったら、やるしかないか』


鞭を構えた山内を目掛けて、一斉にヒトデの怪物が迫って来る。


今度は一人で二十体の怪物を相手にする必要が出てきたので、

状況は絶望的か……と思えたが、

山内は自分が立っている場所を中心に

半径1メートル、直径二メートルの範囲で鞭をドーム状にしならせた。


素早くかつ一切の無駄がない動きにより、

あっという間に彼の周りを鞭が覆う。


直後、ヒトデの怪物がドーム状になった鞭に衝突するが、

その鞭の勢いがあまりにも早く、次々と外に弾き返されていく。


『怪物を倒すことはできないかもしれないけど、

 彼女の意識が戻るまではもってくれよ』


確かに自分は時計の能力を発動できない未熟な修復者ではあるが、

それ故に武器の扱い方だけはこの八か月間の間ずっと磨いてきたつもりだ。


能力に頼らない戦い方を強いられた結果、

得物の扱い方に関しては経験の長い修復者にも引けを取らない自信があった。


即席ではあったものの、

この防御に徹するような鞭の扱い方も

彼の地道な努力が実を結んだ結果と言っても過言ではないだろう。


ヒトデの怪物が弾き返されては、何度も突撃を繰り返してくる。


『これは、体力勝負になりそうだ』


普段から運動をしておくべきだったなと反省しつつ、

ドーム状になった鞭の中へ怪物を一匹も通さないことを心に決めた山内は、

同時に修復者になってからの出来事を思い出していた。

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