第276話 前門の虎、後門の狼

「やりましたね」


両断された怪物の残骸の前で立ち尽くしていると、

山内が後ろから駆け寄ってきた。


「あぁ、そう……だな」


せっかく怪物を始末したというのに志穂の返答は歯切れの悪いものだった。

というのも、ようやく自分の手で相手を切り刻むことができたのに

胸の中にモヤモヤした感覚が残っていたからだ。


『あまりにも呆気あっけなさすぎる』


今までの怪物よりも厄介な攻撃をしてきたのは間違いないが、

傷有り紅三の扉のレベルはこんなものなのだろうか?


時計の能力の制限時間も残り二分を切っており、

確かに時間ギリギリになってしまっている……が、

それでも、もっと相手のレベルは高いものだと思っていた。


『レベルが上がっているのは怪物だけじゃないってことか』


何度も単身で怪物を始末してきたので、

その経験値が傷有り紅三の怪物と渡り合えるくらい自分を成長させていた……

と考えた方がいくらか前向きな気もするが、

今回は山内の助けもあっての勝利だったので、

やはりまだ自分一人で紅三の怪物を倒せたことにはならないだろう。


『それに……』


志穂が感じていた違和感の理由はもう一つあった。


それはということだ。

足元に転がっている残骸は完全に真っ二つになっている。


切り落とされた断面にはケーブルの切れた跡が大量に残っており、

青白い電気がビリビリと音を出しながら光っていた。


間違いなく自分がやったことのはずなのに、

何故か他人がやったことのような気がしてならない……

こんな感覚は初めてだった。


「それにしてもこの怪物、SF映画にでも出てきそうな風貌ですよね」


山内が興味深そうに残骸を観察していた。


「どんな構造になっているんでしょうか?」


その場でしゃがみ込み、彼が残骸に手を伸ばそうとした次の瞬間、

怪物がわずかに動いたのを志穂は見逃さなかった。


退けっ!」


怪物と距離を取らせるために山内を後ろに突き飛ばすと、

そのまま右腕の鉤爪で怪物を切り刻んでいく。


縦、横、斜めの順に連続で振り下ろし、怪物が細かい金属片になっていく。

相手を追い詰めているはずなのに、志穂は心の中で焦っていた。


『やっぱりおかしい……


自分でも意味不明なことを言っている自覚はあったが、

そうとしか表現しようがないのだ。


相手が反撃する隙を与えるわけにはいかなかったので

体力の限界まで攻撃を続けた志穂は、

怪物の原型がわからないレベルまで切り刻んだ。


「はぁ、はぁ……」


前傾姿勢になり、肩を上下に動かして呼吸を整えていると

先ほど突き飛ばした山内が、何事もなかったかのように話しかけて来る。


「あのー、大丈夫ですか?」


「あぁ? 問題ねぇよ」


これだけ細かくすれば相手も動けないだろうと思い、

足元の残骸を一瞥いちべつした志穂は

その金属片が互いに振動していることに気づく。


すると複数の欠片が集まって小さい一つの塊になり、

最終的に


周りに散らばっていた欠片も同様の動きをしており、

小さくなったヒトデの怪物は、全部で二十体に数を増やしていた。


「これは……」


山内が心底驚いたといった様子で言葉を漏らす。


「どうやら、本番はこれからってことみてぇだな」


ヒトデの怪物があっという間に空中を移動したと思ったら、

ドーム状に二人を取り囲む。


逃げ道は何処にも残されていなかった。

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