第267話 風と光

右腕の鉤爪を身体に突き刺す勢いで攻撃をしたつもりだったが、

突如怪物がスイッチを入れたかのように高速回転を始める。


さながら、巨大な扇風機を彷彿とさせるその動きは

こちらに向かって強風を送り出し、強制的に志穂の攻撃スピードを低下させた。


あと少しで得物が怪物の身体に届きそうな距離まで近づいたのだが、

空中で完全に動きを停止した志穂は、

そのまま強風に煽られて五十メートルほど後ろに吹き飛ばされる。


「そう簡単には攻撃させてくれないってわけね」


地面に着地し、怪物との距離を確認した志穂は一人呟く。


真正面から相手に近づこうとすれば、

また同じやり方で行く手を阻まれるのは間違いないだろう。


『だったら……』


怪物を中心に、円を描くように移動を始める。


志穂が移動した場所を追うように怪物も身体の向きを変え、

強風を繰り出していた。


単純なスピード勝負なら自分の方が上だと瞬時に理解すると、

スピードが最高潮に達したタイミングで相手の後ろを取ることに成功する。


『あとはこのまま距離を詰めれば!』


ヒトデの怪物が真後ろに方向転換する前に攻撃をしかけようと思い、

勢いを落とさずに飛び出した志穂は、

怪物が向きを変えず後ろに倒れ込もうとしていることに気づいた。


自分が近づくよりも先に床と平行な態勢になった怪物は

そのまま高速回転を維持している。


「……そういうことね」


一人納得した志穂は、状況を整理する。


今までは縦の向きで怪物が回転していたので

横方向に強風が送り出されていたのに対し、

今は怪物が地面に背を向ける形で仰向けになったので、

床から真上に向かって強風が吹いていた。


確かに、この態勢なら相手に後ろを取られることもないし、

上から攻撃を仕掛けて来る相手を正面で迎えることができる。


現に今、スピードを落し切れず怪物の真上に位置取っていた志穂は、

真下から吹き抜ける強風によって天井付近まで飛ばされていた。


『何が何でも接近戦はしたくないみたい』


このままだと一撃も入れられず、いたずらに時間が過ぎていくだけだ。

自分の戦闘スタイルは短期決戦型なので、

長時間になればなるほど状況が不利になるのは目に見えていた。


『相手が自分のスピードに慣れる前に何とかしないと……』


鉄骨梁に着地すると、高速回転を続ける真下の怪物を見下ろす。


腕の一つに埋め込まれている白い珠が黄色に点灯し、

淡い光が綺麗な円の軌跡を描いていた。

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