第261話 轍鮒の急

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「藤堂さん、どうしたの?」


お昼時、会社の休憩スペースで別部署の同期とランチをしていた志穂は、

彼女に指摘されて我に返る。


「ごめんごめん、ちょっとボーっとしてたみたい」


床に落ちた箸を拾うと、笑顔を作って返事をする。


「もしかして寝不足? 何か悩みがあるなら相談に乗るよ?」


「ありがと、実は昨日遅くまでドラマを見ててさ。

 やめ時が分からなくてついつい夜更かししちゃったんだ」


「あーわかる。

 平日の夜に面白いドラマを見つけちゃうと、その週は結構地獄だよね。

 私もサブスクで最近はまってるドラマがあってさ―――」


彼女は自分の好きなドラマについて熱く語っていたが、

話はほとんど入ってこなかった。


そもそも、昨晩はドラマを見て夜更かしなんかしていない。

ついさっき箸を落としたのには別の理由があった。


そう……である。


仕事中に扉の出現を感知すること自体は、特段珍しい話ではない。


いつものようにスルーすれば、スルーできればよかったのだが

今回志穂はその扉の存在を無視することができずにいた。


というのも、扉の出現と同時に頭に稲妻が走る感覚……

それが普段以上に強烈なものだったからだ。


『今までの扉と違う……』


直感的にそう感じた。


暇つぶし、ストレス発散目的で修復者となった志穂は

傷有り紅二の怪物では満足できなくなっており、

もっと強い怪物を探していた。


もしかしたら、今出現した扉は自分の期待に応えてくれるものかもしれない。

そう思うと内なる興奮が抑えきれず、居ても立っても居られなくなる。


「ごめん、給湯室で箸洗ってくるね。

 あと、ちょっと頭痛が酷いからこのまま午後は休みを取ることにするよ」


テーブルに広げた弁当箱を手早く片付けると、席を立つ。


「えっ? 本当に大丈夫?」


「うん、少し休めば治ると思う。また一緒にお昼食べようね」


同期に小さく手を振り、

休憩スペースを後にした志穂は足早に給湯室へ向かう。


こんなに気持ちが高揚したのは何時いつ以来だろう。


修復者になったばかりの頃は、怪物を切り刻む感触が忘れられず

手当たり次第扉に入ることが多かった。


ただ、同じことを何度も繰り返していれば当然慣れてくるわけで、

傷有り紅二レベルの怪物は程度一人で対処できるようになっていた。


結果、修復者の活動にあまり熱が入らなくなっていた志穂だったが、

今回の扉はそんな今の状況を変えてくれる何かがあるような気がしていた。


まずは上司に午後休の申請をしよう……

そう思ったところで、ふと足が止まる。


『そういえば中道さん、今日有給でお休みだっけ?』


『まさか、この扉の出現を予想して……』


様々な憶測が頭に浮かんだが、直ぐにかぶりを振って考え直す。


扉の出現予想なんて聞いたことが無い。

そもそも、そんなことができるならとっくに組織が動いているはずだ。


何にせよ、今回の扉は自分が一番最初に入りたい……

その思いだけは誰にも負けない自信があった。

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