第259話 霊妙不可思議

「包帯の男と、ねぎしお君に似た黒い鶏……かぁ」


他に聞きたいことはないかい?と言われたので、

例の人物についても質問した火月だったが、

早見の反応はかんばしくなかった。


「申し訳ない、ちょっと心当たりがないね。

 もし修復者だったのなら、そんな個性の強い人物は絶対に覚えていると思うんだ。

 それに、おそらく彼は修復者じゃないだろう」


「やっぱり、そう思いますか?」


「どうやら、君も同じ結論に辿り着いていたようだね。

 色々と状況を整理した結果、そう考えるのが一番しっくり来るって話さ」


「それじゃあ、彼らは一体何者なんでしょうか?」


「さぁね、皆目見当もつかないよ。

 でもハッキリしていることもある。

 それは彼らが我々よりもネームドに関する情報を持っているということ、

 そして、追偲ついさいエレクシオとねぎしお君に何かしらの関係があるってことだ。

 あの日以降、何か思い出したことはないかい?」


早見がねぎしおに話を振る。


「これといって何も思い出せぬ。あやつらのことも全く記憶にないぞ」


「そんな簡単に記憶が戻ったら、苦労はしない……か。

 うん、ざっと今の話をまとめるけど、

 ねぎしお君の失われた記憶と追偲の扉の関係性は

 切っても切れないものだろう。

 そして、追偲の扉……ネームドを追い求めれば、

 今後も彼らと接触する可能性は高くなる。

 前回は運よく逃げ切れたみたいだけど、次回はどうなるかわからないよね。

 ついさっき協力を依頼しておいてあれなんだけどさ、

 間違いなくリスクの高い仕事になると思うんだ」


包帯の男との戦闘を思い出した火月は、

思わずぎゅっと拳を強く握る。


彼女の言う通り、今度出会った時に生きて帰って来れる保証はない。

実際、自分の能力をもってしても、

包帯の男の攻撃を回避し切れなかったシーンは何度もあった。


つまり、現時点において彼らとの接触は

自分の死を意味すると言っても過言ではない。


「だから、本当にやるかどうかについては今一度じっくり考えてほしい。

 返事をもらうのはいつでも構わないからさ」


「わかりました。

 彼らが怪物並み……いや、怪物以上の怪物ってことだけは

 頭に刻んでおこうと思います」


「そのくらい用心しておくのがちょうどいいだろう。

 でも、僕から言わせれば君達修復者も十分怪物以上の怪物……

 というくくりになるけどね」


「どう言う意味ですか?」


「言葉通りの意味さ。

 僕は扉の研究者であるけど、

 それと同じくらい不思議な存在が懐中時計オルロージュだと思っているんだ。

 時計が怪物と渡り合える能力を与え、それを違和感なく使う修復者。

 契約をしたから能力が使えるって言われれば、

 そういうものかって自分を納得させることもできる……。

 けど、そもそもの仕組みがわからない、

 得体の知れない能力を使おうだなんて、僕には怖くてできないね」


「それは―――」


何か言おうとした火月だったが、

彼女の言い分に反論することが出来なかった。


というのも、第三者からすれば

違和感しかない関係性に見えるのも理解できたからだ。


ただ、そこに不安や恐怖といった負の感情を抱いてるか?と問われれば、

答えはノーである。


確かに、時計そのものは得体の知れない存在なのかもしれない。

どういう原理で動いているかなんて、深く考えたことも無かった。


でも、時計と契約をした時

心の何処かでホッとしたような、安心感のようなものを感じていたのもまた事実。


自分以外の修復者も同じような感覚だったのかは分からないが

火月は直感的にこの力を信じても大丈夫だと判断していた。


「他の修復者にもよく質問をするんだけどさ、

 君は覚えているかい?」


早見が真っすぐこちらを見ていた。


「そんなの覚えているに決まって……」


そこまで言いかけた火月は、思わず言葉に詰まる。

懐中時計と契約をした時には既に持っていたはずだ。

それは覚えている。


じゃあ、何時から持っていたのか?と問われたら、

自分でも全く分からなかった。


強いて言うなら、気づいたら持っていた……ということになるんだろう。


「僕が確認した限り、

 修復者は皆、懐中時計を所持した明確なタイミングを覚えていなかったよ。

 その様子じゃ君も同じなんだろう?」


火月がこくりと頷くのを確認した早見が話を続ける。


「色々と不安を煽るようなことを言ってしまったけど、

 要するに君達修復者が持っている懐中時計もまた、

 未知数な部分が多いってことさ。

 少なからず、扉とも何かしらの関係があるのは間違いないだろう。

 ただ、これは一人の研究者の意見に過ぎないからさ、

 実際契約を結んでいる修復者にしか分からない部分もあると思うんだ。

 だから、最終的には自分の直感を信じて欲しい。

 得体の知れない力……と言ってしまえば聞こえは悪いが、

 逆に言えばとも言える。

 それをどう使いこなすかは修復者次第ってね」


ズボンのポケットから紅葉色の懐中時計を取り出した火月は、

その文字盤を眺める。


時計は正確な時間を刻んでおり、

普通の時計と何ら変わりない役割を果たしていた。

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