第258話 相補

「きっと、蜃気楼パルチダのお偉いさんは

 ネームドに関する何かしらの情報を持っているのかもしれないけど、

 研究者の僕でも見つけられない情報を簡単に教えてくれるとは思えない。

 何より組織から変に目を付けられて、

 追偲の扉に関する情報集めをしにくくなるのは、

 君も本望じゃないだろう?」


「そう……ですね」


「だから水樹君から受けた追偲の扉に関する報告は、

 僕のところで一旦ストップさせている状態なんだ。

 今日君たちとここで会うこと自体、本部の上層部は知らないはずだよ。

 まぁ、報告しなかった件がバレたら結構やばいんだけど、

 僕も一応研修者の端くれだからね、

 組織のルールを守ることと己の知識欲を満たすこと、

 どちらを選ぶか……なんて答えるまでもないだろう。

 そういった経緯もあって、

 正式な手順を踏んで本部に来てもらう訳にはいかなかったのさ」


「だから、穴の中に飛び込む必要があったと?」


「うん、実際成功する確率は半分くらいだったんだけど、

 君たちなら上手くやってくれると思ってたよ。

 根拠はなかったけどね」


「修復者も研究者も、博打好きってことは共通しているようじゃな」


ねぎしおがボソッと呟くと

「よく分かってるじゃないか」と彼女が苦笑していた。


「でも、どうしてその話を自分に?

 早見さんが独自で調べた方が遥かにリスクが低いと思うんですが……」


「確かにリスクだけの話をするなら、単独で動いた方が良いに決まってる。

 けど、実際僕も手詰まりの状態でね、

 一人で調べることに限界を感じていたんだ。

 かと言って、この話を他の研究者にするわけにもいかないだろう?

 必ずしも全員が全員、僕と同じ考えを持っているわけじゃないってことは、

 牛乳ラーメンの件で証明されたからね。

 それに組織の研究者って結構真面目な人間が多くてさ、

 僕みたいなはみ出し者に関わろうとする奴なんて、ほとんどいないんだよ。

 そこでタイミングよく現れたのが、君達だったのさ」


「我は誰かの駒になるつもりはないぞ」


ぴしゃりとねぎしおが言い放つと、早見が直ぐに付け加える。


「もちろん、僕も君たちを駒にしようなんて思っていないよ。

 ギブアンドテイク、要するに協力しようって言いたかったのさ。

 僕は引き続き、組織内でネームドの情報集めをする、

 君たちは現場でネームドの情報集めをする。

 何か分かったことがあれば、連絡をして情報共有しようって話だよ。

 お互いのゴールは同じなんだから、

 役割分担をして事を進めた方が効率的だと思わないかい?」


彼女の提案は決して悪いものでは無かった。

実際、火月も一人ではどうしようもないと思っていたし、

今回早見から話を聞いて、

追偲の扉に関する情報が不足していることは十分理解できた。


だが、本当に彼女を信用しても良いのか?

という一抹の不安が頭を過る。


自分の考えすぎかもしれないが、

あまりにも話の展開がスムーズ……上手く行き過ぎているような気がした。


ねぎしおに目配せすると、小さく頷く姿が視界に映る。


『どうやら、嘘はついていないようだな……』


ねぎしおは、言葉の真偽を判別する能力をもっているので、

いざという時はこちらから合図を出して、

ジャッジをしてもらうようにしていた。


少なくとも今回の件に関しては、早見を信用しても良さそうだ。


「わかりました。

 協力者がいるのは心強いですからね」


「ありがとう、助かるよ。

 当然、現場の方がリスクが高いことは理解しているから、

 何か支援が必要な時は遠慮なく頼ってくれ。

 僕に出来るだけのことはさせてもらうよ」


彼女が言い終えるのと同時に、

テーブルのマグカップを手に取った火月はコーヒーを一口飲む……が、

そのあまりの甘さに思わずむせる。


「角砂糖を五個入れておいたんだけど、足りなかったかな?

 もし必要なら言ってくれ。

 何せ研究者は頭を使う仕事だからね、糖分摂取は必須なのさ」


人付き合いにおいて食の好み、味覚が似ているかどうかは

思っていた以上に重要なのかもしれない……そう感じずにはいられない火月だった。

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