第257話 ネームド

早見がおもむろに立ち上がったかと思ったら、

数分後にキッチンのような場所から戻ってくる。


食後にコーヒーでもどうだい?と両手に持ったマグカップをテーブルに置くと、

対面のソファーに座り直した。


「さてと、世間話はこのくらいにして本題に入ろうか。

 と言っても何から話していいものやら……」


「それなら、質問形式で進めるのはどうでしょう?

 自分が聞きたいことはもう決まっているので、

 それに対して回答頂けると助かります」


「うん、わかった。僕がわかる範囲で答えさせてもらうよ」


真面目な雰囲気を感じ取ったのか、ねぎしおも二人の会話を見守っていた。


「まず、追偲ついさいエレクシオという言葉を何処かで聞いた覚えはありませんか?」


何か反応があるかと思い、早見の様子を窺っていた火月だったが、

彼女は表情一つ変えず、じっと手元に視線を落としたままだった。


それは何も知らないというよりも、

どう答えたものか返事に困っているようにも見える。


「結論から言うと、追偲の扉という言葉は聞いたことが無いね。

 ただ、どんなものなのかは想像できる……かな」


「?」


頭にクエスチョンマークを浮かべている火月を見て、

早見が微笑を浮かべる。


「紛らわしい言い方をしてすまない。

 要するに、知らないけど知ってるような状態ってことさ。

 まぁ、あくまでも僕の推測の域を出ない話にはなってしまうんだけどね」


「詳しく話を聞いても?」


「あぁ、もちろんさ。

 まず大前提として扉の基本的な知識について認識を合わせておこうか」


「お願いします」


「異界と実界の境界線の役割を担っている扉だが、

 この扉に状態と難易度があるのは君も知っているだろう?」


「はい。

 状態としては、扉に傷があるのかどうか。

 そして紅く点灯する水晶の数に比例して難易度も上がるってことですよね」


「その通り。

 そして、この扉の状態が特に重要でね、

 基本的に傷のある扉っていうのは、

 入った異界で傷が出来た明確な理由が存在するものなんだ。

 よくあるもので言えば、怪物の存在……とかね。

 不純物(怪物)をその異界から排除することで、

 結果的に扉を修復するってことに繋がる。

 怪物のいない元の世界に戻してあげるって感じさ。

 まぁ、全部が全部怪物が原因じゃないんだけど、

 今その話は置いておくとしよう」


早見が咳払いをして話を続ける。


「つまり、傷有りの扉の先に広がる異界は、

 元々はどこの世界ともつながっていないニュートラルな状態なんだけど、

 何かしらの理由で不純物(怪物ないし他の原因)が混じり、

 その世界の空気みたいなものが

 ニュートラルな状態からマイナスな状態に変わってしまうんだ。

 そして、その時に別の異界へ繋がる傷有りの扉が出現するって仕組みさ」


「なるほど。

 人の身体に例えるなら、

 健康な状態がニュートラルだとすると、

 ウイルスの侵入が不純物で、

 そのウイルスによって身体がマイナスの状態になり、

 皮膚に傷、要するに扉が出来るようなイメージでしょうか?」


「面白い例えだね。おおむねその理解で問題ないよ。

 皮膚にできた傷の中から身体に入り、

 体内のウイルスを取り除くのがキミたち修復者の仕事さ。

 差し詰め、外から派遣された白血球といったところかな」


「傷ができた原因がはっきりしている分、対処方法は明確ってことですよね」


「あぁ、僕が一番言いたかったのは、まさにそのことなんだ。

 傷有りの扉なら、まだその先でどんなことが起きているのか想像できる。

 でも、傷無しの扉はそもそもの出現理由が全く分からないんだ。

 生きて帰って来れる保証なんてないし、

 まさに入ってからのお楽しみってやつさ。

 まぁ、傷無しの扉自体かなり稀な存在だから、研究不足感は否めないんだけどね」


自嘲気味に彼女が笑うと、

テーブルに置いてあったマグカップを手にとって一口飲む。


「確か、ねぎしおと出会った扉は傷無し紅四の扉だったと思います」


「そうだね、傷無し紅四の扉なんて前例が無かったから、

 僕も報告を受けた当時は驚いた記憶があるよ。

 何にせよ、傷無しの扉はその難易度に関わらず、

 未知数な部分が多い。

 だから、ちゃんと実界に戻って来れた君は本当に運が良いよ」


早見と視線が交錯した火月は、彼女が何を言いたいのかを理解する。


「追偲の扉も傷無しの扉の一種かもしれない……ということでしょうか?」


「可能性としては高いだろうね。

 実を言うと、僕も傷無しの扉に関しては興味が尽きなくてね、

 組織内で過去の文献を漁ってみたんだけど、

 基本的な概要に関することばかりで、

 有益な情報はほとんど得られなかったんだ。

 まるでその詳細については、

 誰かが意図的に秘匿しているんじゃないかって思えるくらいにね。

 でも、そんな中で断片的に見つかった情報もあったんだ」


彼女が深呼吸をしたと思ったら、ゆっくりと口を開く。


 これが僕の見つけた傷無しの扉に関する唯一のヒントだ。

 ずっと何のことを指しているのかわからなかったんだけど、

 先日水樹君から報告を受けた時にピンと来てね」


「もしかして、追偲の扉が―――」


「あぁ、お察しの通りさ。

 普通、扉自体にユニークの名前なんてつけないだろう?

 ついたとしてもせいぜい、傷があるかどうか、

 紅く点灯している水晶の数が何個かくらいだ。

 だから君の言う追偲の扉が

 ネームドと呼ばれる存在なんじゃないかって思ったんだよ」


追偲の扉が傷無しの扉の可能性であることは、

火月も何となく予想していたが、

ネームドというキーワードは今回初めて聞く情報だった。


早見の言う通り、

扉そのものにユニークの名前がつけられるなんて事例は聞いたことが無い……

となると、ネームドは傷無しの扉の中でも特別な存在なんだろう。


ようやく追偲の扉に関係しそうな情報に辿り着いた火月は、

そのまま彼女の話に耳を傾けたのだった。

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