第255話 牛乳ラーメン

「とりあえず、麺が伸びない内に食べようか。

 このカップ麺は僕のお気に入りでね。君たちの口に合うといいんだけど」


ねぎしおが飛ばされたソファーへ移動してきた火月は、

小さいテーブルを挟んで反対側のソファーに座る早見に促され、

目の前に置かれたカップ麺を見つめる。


『カルシウム満点! 特濃 牛乳ラーメン』


後ろ脚で立ち、笑顔で腕組をした牛の絵柄がプリントされた容器のフタに、

そう書いてあった。


今までカップ麺は何度も食べてきたが、

牛乳ラーメンなるものを今回初めて見た火月は、

何となく食べるのを躊躇していた。


……別に深い意味はない。


ただ、せっかく用意してもらったものなので、

このままじっとしている訳にもいかなかった。


容器のフタをめくると

白い湯気と共にホットミルクのような匂いが漂い始める。


割り箸を持ち、食べるぞと意気込んでみたものの、

箸が容器に入る直前で静止する。


「どうしたんだい?」


火月の一連の動作を眺めていたのか、

早見が不思議そうにこちらを見ていた。


すると、

「あぁ、そういうことか」と呟き

おもむろに白衣の左ポケットから小瓶のようなものを取り出すと、

テーブルの上に置いた。


「もっとカルシウムを摂取したいのなら、

 この煮干しパウダーを使うといい。

 カルシウムは身体の成長に必要な栄養素だからね。

 僕はどんな食べ物にも振りかけられるように、常に持ち歩いているのさ」


そう力説する彼女は、

成長期に身長を気にする中学生にしか見えなかった。


どうやら、自分がカップ麺に手を付けないのは

カルシウム成分が不足していることが原因だと考えたようだ。


「……ありがとうございます」


変に気を遣われてしまったので、使わないわけにもいくまい。


小瓶を手に持つと容器の中へパウダーを振りかける。

ホットミルクと煮干しの香りが混ざり合い、

絶妙なハーモニー?を奏で始めた。


「火月よ、お主が食わぬのなら我が食ってしまうぞ?」


隣で同じようにカップ麺を食べていたはずのねぎしおを一瞥すると、

既に容器が空になっていることに気づく。


この短時間にもう食べ終わったのか……という驚きと共に、

ある妙案が浮かんだ。


「なら、俺の分も遠慮なく食べてくれ。

 穴の件もあったし、お前にはお詫びをしようと思っていたからな」


ねぎしおの目の前にカップ麺を移動させる。


「うむ。これで済む話ではないが、お主にしては殊勝な心掛けじゃな」


ねぎしおがズルズルと麺をすすり始めるのを確認した火月は

ほっと胸を撫で下ろす。


念のため断っておくと、

別にあのカップ麺を食べたくなかったわけではない。


初めて見る食べ物にちょっと面を食らっていただけだ、

麺だけに……。


それに、ねぎしおが食べたいと言うのなら

譲ってやるのが大人の対応だろう。


あいつの機嫌を直すため、元々詫びの品を用意しようとは考えていたので

まさに渡りに船の状況だった。


「それにしてもこのカップ麺、なかなかの美味じゃな」


「そうだろう?

 この美味しさを組織内に布教しようと頑張ってはいるんだけど、

 僕以外の人間に勧めてもあまり評判がよく無くてね。

 多分、カルシウム成分が足りないから皆不満なんだろうと思ってさ、

 全員に無償でパウダーを振りかけてあげているんだ。

 まぁ、評判は相変わらずのままなんだけどね……。

 全く、扉の研究よりこっちの問題を解決する方が難しいんじゃないか

 って最近は思い始めてきたよ」


「この味の良さが分からぬやからがおるなんて、

 俄かには信じられぬな……」


「そうなんだよ!

 いやぁ~、ねぎしお君が初めての賛同者になるなんて思ってもみなかったけど、

 やはり好きなものを共有できるというのは嬉しいものだね」


それからしばらくの間、

早見とねぎしおは牛乳ラーメン談議に花を咲かせていた。


色々とツッコミを入れたい部分もあったが、

変に話がよじれるのも嫌だったので、

黙って会話に耳を傾けていた火月は、

二人の関係性がより分からなくなったのだった。

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