第254話 椀より正味

「おや? ねぎしお君も目が覚めたようだね」


トレーの上にカップ麺を載せた早見がこちらに近づいてきた。


「話を聞いて、もしや……と思っておったが、

 やはりお主じゃったか」


「そんな怖い顔をしないでくれよ。僕たちの仲じゃないか」


サイドテーブルにトレーを置いた彼女を

ねぎしおがじっと睨みつける。


「ふん、笑えぬ冗談を言うのは止めておくがよい、

 この


そうねぎしおが言い放った次の瞬間、

彼女から平手打ちが繰り出される……が、

既にねぎしおは姿勢を低くしており、攻撃を回避していた。


『こいつ、相手のビンタが来ることを分かっていたのか?』


普段からは想像もつかない、ねぎしおの華麗な動きに驚いた火月は、

二人の攻防を眺めていた。


「お主の攻撃パターンはもう把握しておる。

 同じ手を何度も食らうほど、我も馬鹿ではないぞ?」


「お見事。

 ねぎしお君の成長が見れて、僕も嬉しいよ」


微笑を浮かべる早見の身体からは黒いオーラのようなものが見えた。

やはり、子供扱いされるのは相当嫌なんだろう。


彼女の右手が空を切ったと思ったら、即座に手の甲で払うような動きを見せた。


『なるほど、往復ビンタか』


少し向きを変え、ねぎしおのいる方へ向かって再び右手が襲い掛かる。


「それも想定内の動きじゃ」


その場でジャンプをしたねぎしおは

早見の頭の高さくらいまで飛び上がり、彼女の裏ビンタも回避していた。


まるでお互いの攻撃が事前に分かっているかのような動きは、

武道の演武を彷彿とさせる。


「これでお主の攻撃は完全に見切ったぞ!」


ねぎしおが空中で高らかに宣言する。


「これは驚いた。

 前回会った時の君は、裏ビンタを避けられなかったからね。

 でも……僕の攻撃はまだ終わってないよ」


戯言ざれごとを抜かすでないわ、もうお主の右手は避けきっておるぞ!」


「うん、右手はね」


ねぎしおの目の前に左手のビンタが迫りくる。


「なっ!?」


「君が僕の攻撃を見切っていることも、僕にとっては想定内さ」


飛び上がっている状態のねぎしおに回避する手段……

なんて残されているはずもなく、そのままビンタが炸裂する。


部屋の端の方へ勢いよく吹き飛ばされたねぎしおは、

頭からソファーに突っ込んだ。


「よし、これだけ元気に動き回れるなら大丈夫そうだね。

 バイタルチェック完了だ」


満足げに早見が一人頷く。


両者のやり取りを観察していた火月は、

人を見た目で判断するのは絶対に止めようと心に誓ったのだった。

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