第252話 からくり

「つまり、あの穴は本部へ繋がる扉のような機能を果たしていた……

 ということですか?」


「あぁ、その通りさ。

 空間の狭間にあるものならどんな形であろうが扉になり得る……

 これは君も知っていることだろう?

 今回、あの穴にちょっとした細工をしてね、

 簡単に言うとを動かしていたんだ。

 まだ試験段階の技術だったんだけど、上手く行ってよかったよ」


クククと笑う彼女を見て、

自分達がモルモットにされていたのだと気づく。


蜃気楼が扉に関する研究を行っていることは知っていたが、

その技術が実用レベルの段階まで到達しているとは思わなかった。


「何せ久々の客人だからね、普通に連れてきても面白くないだろう?

 だから、僕なりのおもてなしをしようと思ったのさ。

 楽しんでもらえたかい?」


人が死を覚悟する程の状況だったのに、この女は何を言っているんだろう。


結果的に上手くいったものの、一歩間違えれば普通にあの世行きだ。

研究者という人間に初めて会ったが、

根本的に自分とは考え方が異なる人種なのかもしれない。


「なるほど、そういうことでしたか。

 ということは、あのビルの屋上を指定したのも

 ニスデールをまとった人物に突き落とされたのも――――――」


「お察しの通り、全部僕が依頼したことさ。

 彼女は僕の助手……というより、

 蜃気楼パルチダに所属する研究者や修復者の活動をサポートする人材の一種でね、

 何かと使い勝手が良いのさ。

 まぁ、君達をどうやって穴の中へ案内するかまでは細かく指定しなかったから、

 やり方は彼女に一任していたんだけど、

 話を聞く限り、かなり強引な手段を選んだようだね」


「案内……ですか」


あれは案内……なんて生易しいものじゃなく、完全に強襲だった。


「彼女は人とコミュニケーションを取るのが苦手でね。

 だから、大目に見てやってほしい。

 でも、仮に彼女が穴の転送に関する話をしたとして、

 君はその内容を信じたかい?」


「それは……」


「素性がよくわからない、初対面の人間の話を信じる修復者なんて稀だ。

 特に中道火月、君はファーストペンギンの仕事をこなしているから

 人一倍警戒心が強く、かつ情報の真偽について慎重になりがちだろう?

 そんな君を説得するくらいなら、

 突き落とした方が早いと彼女が判断したのは、ごく自然な流れだと思うけどね」


「……」


「やり方はどうであれ、結果的に彼女は僕の依頼を達成した。

 依頼されたことを短時間でこなせる人材は貴重だ。

 過程より結果を出すことの重要性は、

 社会人の君なら嫌でも理解してるんじゃないかな」


良いように言いくるめられている気もするが、

これ以上起きた出来事に対して議論しても仕方がないと判断した火月は、

「今回だけは目を瞑ります」

と短く返事をする。


「君の寛大な心に感謝するよ」

と彼女が言い終えると、何処からともなく軽快なメロディーが流れ始めた。


食欲をそそる美味しそうな匂いが鼻腔に広がる。


「そういえば、昼食を作っていたんだ。

 ちょっと待っててくれ」


キッチン台のような場所へ向かう彼女の後ろ姿を眺めていると、

突如真横から誰かのうめき声が聞こえる。


「う、うーむ……」


顔を右側に向けると、そこには自分と同じベッドがもう一つあり、

ねぎしおが仰向けになって寝ていた。

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