第251話 研究者

「初対面の人間に対して、君は随分と失礼な奴だな。

 こう見えても僕は君より年上だぞ?」


目の前の少女が白衣のポケットに両手を突っ込んで、

自慢げに鼻を鳴らす。


「初対面の人間に対して、

 いきなりビンタを食らわせる方も失礼なんじゃ……」


赤くなった頬を左手でさすりながら火月が呟くと

「何か言ったかい?」

と威嚇するような表情で彼女が睨んできたので

「……何でもないです」

と返事をする他なかった。


それにしても、やけにリアルな痛みだったなと思い返す。


もしこの世界が夢だとしたら、

目覚めるには絶好のタイミングだったと思うのだが、

今のところ何の変化も起きていない。


ということは、やはり夢の世界ではなく死後の世界なのだろうか……

膝の上に両手を置き、ひらいては閉じる動作を繰り返す。


手の感覚が問題なく機能することを確認していると、

彼女が話しかけてきた。


「簡易的なバイタルチェックをさせてもらったが、

 特に異常値は見られなかったよ。

 まぁ、君の意識がいつ戻って来るかまでは予想できなかったけどね」


「バイタルチェック……ですか。

 つまり、自分はまだ生きていると?」


「ん? 君は面白いことを言う奴だな。

 寝ぼけているならもう一度目覚めのビンタをお見舞いしてあげるよ」


白衣の少女が右ポケットから手を出そうとしてきたので、

「いえ、結構です」と慌てて返事をする。


彼女が少し残念そうな顔をしていた気もするが、

見なかったことにした。


「どうして自分は生きているんだろう…って顔をしてるね」


心の中を見透かしたかのような彼女の発言に、

思わずドキッとする。


なるほど、どうやら彼女は自分の身に何が起きたのかを知っているようだ。


「なに、ちょっとした余興みたいなものさ。

 


彼女がベッドの周りをゆっくりと歩き、コツコツとヒールの鳴る音が響く。


「失礼、自己紹介がまだだったね。

 僕の名前は早見はやみ 埜乃のの

 蜃気楼パルチダの本部で扉の研究をしている人間さ」


こちらを振り向いて、そう言い放った彼女の表情は、

今日見た中で一番大人びていた。

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