第249話 諦めは心の養生

結論から言うと、コンクリート片は火月達に直撃しなかった。


彼女のコントロールが悪かったのか、

たまたま運が良かったと考えるべきなのか……

自分の脳天に直撃すると思っていたコンクリート片は、

距離が近づけば近づくほどビルの方へ軌道がずれていき、

最終的には火月達がぶら下がっている鉄パイプの根元に衝突する形となった。


細かい破片が飛び散ったものの、

パイプの先端で宙吊りになっている火月達にほとんど影響はなかったので、

ホッと胸を撫で下ろしたが、直ぐに表情を曇らせる。


結局、自分は何の行動も起こせず、

ただ成り行きを見守ることしかできなかった。


状況は何も変わっていない。


頭上を見上げると彼女の姿が見えなくなっていたので、

おそらく、別のコンクリート片を探しに行ったのだろう。


試行回数を増やせば、いつかは当たる……

タイムリミットは確実に迫ってきていた。


他にできることはないかと周囲に視線を巡らせている最中さなか

突然何かがきしむような音が耳に入って来る。


音の発生源を特定するため全神経を研ぎ澄ましていると、

その音が

吊り下がっている鉄パイプの根元付近から発せられているものだと気づいた。


『まさか……』


気づいた時にはもう遅かった。


吊り下がっていた鉄パイプが根元から折れ、そのまま自由落下を始める。

もちろん、火月やねぎしおも例外ではない。


コンクリート片が衝突したことで、

錆びた鉄パイプの耐久値が限界を迎えたのだろう。


「何事じゃ!?」


ねぎしおも異変に気付いたようだったが、現状を説明する気にはなれなかった。


『一体、何処で間違えてしまったのだろう……?

 自分が取るべき最善の行動は何だったのだろうか……?』


落下していく中で様々な疑問が浮かんでは消えていく。


『まぁ、いいさ。もう考えるのは止めにしよう……』


この世の中、

自分の力ではどうすることもできない理不尽な出来事なんていくらである。


今の今まで、そんな当たり前のことすら忘れていた。


諦めは心の養生、今回は運が悪かった……ただそれだけの話だ。


ニスデールを纏った人物は、

大きく口を開けた地面の中へ火月達が吸い込まれていくのを見届けると、

屋上から姿を消した。

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