第248話 オーバーキル

宙吊りの状態で二人が言い争っていると、

不意にねぎしおが、火月の後ろをじっと睨みつけるような動きを見せる。


何事かと思い、同様に火月も頭上を見上げると、

ビルの屋上からニスデールをまとった人物がこちらを見下ろしていた。


口元が僅かに動き何かを喋ったと思ったら、

直ぐに頭を引っ込める。


「こんな状況になったのも、全部あやつのせいじゃ。

 危うく本来の敵を見失うところじゃったわ」


「あぁ……、そうだったな」


大きく深呼吸をした火月は、

静かに目を閉じて自分たちの置かれている状況を整理する。


組織の指定した場所へ向かった結果、

ビルの屋上から突き落とされるなんて誰が予想できただろう。


いくつかの可能性が頭をよぎる。


まず、組織が自分を始末しようとしたケースだ。


実は追偲ついさいエレクシオに関する情報は秘匿性の高いもので、

その存在を知っている人物は例外なく始末されるようなものだったとしたら、

今回の襲撃も頷ける。


水樹さんもグルだったのかはわからないが、おそらく彼女は白だろう。

というのも、追偲の扉について水樹さんに話をしたのが数週間前だったので、

その間に自分を始末する機会はいくらでもあったからだ。


もちろん、単に自分の手を汚したくなかっただけで、

彼女が白じゃない可能性も十分残されてはいるが……。


次に考えたのは、包帯の男の仲間のケースだ。


誰かに恨みを買われるようなことは極力避けてきた火月が、

直近で命を狙われたのはあの男くらいしかいない。


ねぎしおや追偲の扉に関して何か知っているような口振りだったので、

彼らが自分たちを始末する理由は明確に存在するのだろう。


ニスデールの彼女が包帯の男の仲間だったとしたら、

自分たちを攻撃してきたのも理解できる。


そして、最後に考えたのは組織でも包帯の男関係でもない、

全く別の存在のケースだ。


こうなると、もう相手が誰かも予想がつかないし、

通り魔みたいなものとして考えるしかない。


いずれのパターンだったとしても、

自分たちの命が狙われていることに変わりはない。


現状を打破するために、何ができるだろうか……

と考えを巡らせているとねぎしおの焦るような声が聞こえる。


「おい火月、上を見るんじゃ!」


目を開けて頭上を見上げると、

ニスデールの彼女が再度自分たちを見下ろしていた。


先ほどと違う点があるとすれば、

両腕にコンクリート片のようなものを抱えており、

足取りがおぼつかない様子だったということくらいだろう。


「あれを落すつもりじゃなかろうな?」


ねぎしおが最悪のシナリオを口にする。

ただでさえ身動きが取れない状況なのに、

あんなものが頭から降ってきたらオーバーキルもいいところだ。


「どうやら、相当嫌われてるらしい」


「まぁ、お主が我の盾になってくれるじゃろうから問題なかろう」


「言っておくが、俺はお前の盾になるつもりなんてないぞ。

 あれが頭にぶつかるくらいなら、自分から穴に落ちた方がマシだ。

 お望み通り、一緒に落ちてやるよ」


そんな話をしている内に事態は動き始める。


彼女の手元からコンクリート片が離れたのを確認した火月は、

その落下する様子がスローモーションに映る。


『……っ!』


心臓の鼓動が早まり、その音が耳に響くほどの緊張が訪れる。


ねぎしおにあんな啖呵を切ったものの、

正直、自分の取るべき行動がわからなかった。


何故なら、常にリスクの低い選択肢を選んできた火月にとって、

今回はどちらを選んだとしてもバッドエンドになる未来しか見えなかったからだ。


どうせ同じ結果になるのなら、

より痛みが少ない方を選んだ方が賢い……と言えるのか。


頭上に迫り来るコンクリート片を睨んでも、その答えは見つからない。


廃ビル周辺に、激しい衝突音だけが響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る