第247話 一縷千鈞

フェンスが穴の中へ吸い込まれていく様子を眺めていた火月は、

まるで自分のすえを見ているような気になり、

背中に冷や汗が流れる。


咄嗟の勢いでビルの方に向かって手を伸ばした火月は、

垂れ下がっていた配管を片手で一瞬掴んだものの、

腕の力で自身の体重を支えることができなかった。


そのまま下へ落ちていくかと思いきや、

途中、背中のリュックがビル壁面から突き出ていた鉄パイプに

引っ掛かってくれたおかげで、

結果的に宙吊りになるような形で落下を防ぐことはできていた……が、

状況は絶望的である。


というのも現在進行形でリュックがビリビリと悲鳴を上げており、

いつ裂けてもおかしくなかったし、

錆びついた廃ビルの鉄パイプもミシミシと音を鳴らして

今にも折れそうだったからだ。


それに、何と言っても


今、中道火月という人間は修復者としての能力を発動できない

ただの一般人である。


つまり、仮にこのリュックや鉄パイプがそれなりの強度を備えていたとしても、

火月は自分でこの絶望的状況を打破するすべが無かった。


誰がいつ来るかもわからない廃ビルで悠長に助けを待つ

という希望を見出せるほど楽観的ではない。


一旦、思考をクリアにするため心を落ち着かせようとした火月の目の前に、

黒い影のようなものが通り過ぎたと思ったら、

左足にずしっとした重みを感じる。


「……ふぅ、間一髪じゃったな」


ふと足元へ視線を向けると、

ねぎしおが自分の左足にしがみついていることに気づく。


「おい、お前がくっついたらもっと危険になる。何処かに行ってくれ」


「我を見捨てるつもりか! 

 お主がそんな薄情なやつだったとは思わなかったぞ!」


「このままだと、二人仲良く落下死だ。

 お前には翼があるんだから、飛んでいけるだろ」


「それは嫌味か? 

 我が飛べないことはお主も知っておるじゃろう!」


リュックの裂ける音が更に大きくなったのを聞き取った火月は、

左足をぶんぶんと動かし、ねぎしおを振り落とそうとする……が、

なかなか落とせない。


「くそっ、なんて往生際が悪い奴なんだ」


「この足は死んでも話さぬぞ! 

 落ちる時は一緒じゃ!」


固い決意と共にねぎしおが叫ぶ。


「そもそもお前の体重が増えてるせいで、より危険な状態になってるんだぞ」


「今、体重の話は関係なかろう! 

 それに、そういうデリケートな話はもっとオブラートに包んで言うもんじゃ!」


思考がクリアになったわけではなかったが、

自分たちの置かれている状況を一時的に忘れさせてくれたのは、

お互いの存在……口論があってこそのものだった。

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