第246話 天国と地獄

「あなたが……中道火月?」


鈍色にびいろのニスデールをまとった人物が話しかけてくる。


『……っ!』


その人物の存在に全く気付けなかった火月は、

視線を外すことができず、ごくりと唾を呑み込む。


フードで顔が隠れていたので相手が誰なのか分からなかったが、

その無機質な声色と華奢な身体つきから、おそらく性別は女性だと思われる。


自分の名前を知っているあたり、ビルに迷い込んだの一般人ではなく、

組織関係の人間と考えるのが自然な気もするが、まだ確証は無かった。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?」


相手の問いに対し、肯定も否定もせず質問し返す。


「……」


十秒ほど待っていたが、相手からの反応はなかった。


どうやらこちらからの質問は、一切受け付けないスタンスらしい。

これじゃあ会話が成り立たないので、

どうしたものか……と考えていると彼女に動きがあった。


自分に対して正面では無く横を向く体勢をとると、

そのままピタッと静止する。


……

…………

ただ、それだけだった。


相手の向きが変わったところで会話にならなければ意味がない。

むしろ、この動作は自分と会話をする意思が無いことを

明確に態度で示していると理解すればいいのだろうか……。


そんなことを考えながら彼女を観察していると、

フードの横側、ちょうど頬のあたりに

時計の文字盤のような白い模様が刻まれていることに気づく。


何となく既視感を覚えた火月は記憶の中を探っていると、

その模様が水樹さんがいつも右手につけている

黒い皮の手袋の模様と同じものだったことを思い出した。


『確か、蜃気楼パルチダのシンボルマークだったか?』


なるほど……、彼女はこの模様を見せることで

自分が組織の人間であることを伝えたかったらしい。


相手の素性がわかったので、

話を進めようと火月が口を開こうとした次の瞬間、

「貴様、何者じゃ。我の前で顔を隠すなんて無礼極まりないぞ」

とねぎしおが会話?に参加してきた。


「……」


当然、彼女からの反応はない。


「そうか、我があまりにも高貴過ぎるがゆえ

 そのオーラに圧倒されているようじゃな。

 じゃが、それは恥ずべきことではないぞ。

 むしろ、お主の反応は至極真っ当なものじゃ。

 我に対して、常に敬意を払うというのであれば、

 その無礼な態度も今回は見逃してやろう。

 なんたって我は寛大な心の持ち主じゃからな」


相手が黙っているので、好き放題言ってるなぁ

とねぎしおを横目に静観していると、彼女が静かに口を開く。


「鶏の怪物……、あなたがねぎしお?」


やはり、会話は成り立っていないらしい。


「ん? 名を尋ねるならまずは自分から名乗るのが筋じゃが、

 まぁ良いじゃろう。

 何を隠そう、我こそがねぎしおじゃ!

 この名を聞いて平伏すがよい。

 ちなみに、この冴えない顔をした男が我の下僕、中道火月じゃ」


ねぎしおが胸を反らしながら自慢げに言い放つ。


彼女の問いに対し返事をしようと思っていたのだが、

自分のことを含めて全部ねぎしおが喋ってしまった。


気になるフレーズがあったものの、もう訂正するのも面倒だった。

まぁ、相手の素性もわかっているし、こちらの情報を渡しても問題は無いだろう。


「……そう」


相変わらず無機質な声で彼女がボソッと呟いたと思ったら、

突如正面から衝撃波のような攻撃を受ける。


「なっ!?」


自分の身に何が起きたのか理解できず、

そのまま後方へ吹き飛ばされた火月とねぎしおは、

錆びついたフェンス諸共もろとも空中へ放り出される。


頭上に広がるは透き通るような淡い水色の空、

真下に待ち構えているのは底の見えない漆黒の穴……

まさに天国と地獄だった。

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