第245話 穴

「ほぅ、案外ここからの眺めも悪くないものじゃな」


ビルの屋上へ到着するや否や、ねぎしおが背中のリュックから飛び降りると、

そのままフェンスの方へ向かってちょこちょこと走っていく。


一方の火月はというと、屋上の景色を楽しんでいる余裕なんて無かった。


せぇぜぇと荒れた呼吸を整えるため、

大きく息を吸っては吐く動作を繰り返す。


真冬の時期にも関わらず額には汗が滲み、

熱があるんじゃないかと思うくらい体温が上がっていた。


階段を使ってビルの屋上まで歩くなんて何時以来だろう。


普段何気なく使っているエレベータの有難みを感じると共に、

これからは出勤時に階段も使って体力をつけておこうと決めた。


「おーい、早くこっちに来るがよい。面白いものが見えるぞ!」


屋上に到着して数分が経過し、

ようやく汗が引いてきたと思ったら、自分を呼ぶ声が聞こえる。


何かまた面倒なことでも頼まれるんじゃないかと不安になりながらも、

ねぎしおのいる場所へ向かった火月は、

錆びついたフェンス越しにビルの真下を見下ろす。


『あれは……何だ?』


ありのままの状況を説明すると、

視線の先には直径十メートルほどの大きな穴が空いていた。


底が全く見えないので、それなりに深さもあるのだろう。


火月達が最初に辿りついた場所がビルの正面だとするならば、

今見下ろしているのはビルの反対側で、

こちら側は養生シートで被われていなかった。


また、穴の周りには囲いのようなものが置いてあり、

地上から近づいてみるのは難しそうだ。


この巨大な穴がビルの解体のために作られたのか、

それとも自然にできたものなのかはわからなかったが、

建物と穴の距離がほとんどないので、

自分たちが登った廃ビルが、実は途轍とてつもなく危険な状態であることを理解する。


「こんなに大きい穴は滅多に見れないな。

 でも、俺たちは屋上の綺麗な景色を眺めたり、

 珍しい穴を見物しに来たわけじゃない」


「そんなことは分かっておるわ。

 じゃが、屋上に着いても誰もおらんでは無いか」


隣で同じように穴を見下ろしていたねぎしおが反論する。


確かにこいつの言う通り、屋上で誰かが待っているわけでは無かった。

もしかしたら……と思っていたのだが、

そもそもこんな廃ビルが本部なわけがないし、

待ち合わせ場所にしてはあまりにも危険すぎる。


冷静に考えれば誰でも直ぐにわかることだった。


「組織の指定した場所が間違っているかもしれない。

 一度水樹さんに確認するから、少し待っててくれ」


ポケットからスマホを取り出し、フェンスから離れようと後ろを振り向いた火月は、

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