第244話 廃ビル

「火月よ、本当にここで合っておるんじゃろうな?」


ねぎしおが養生シートでおおわれた廃ビルを見上げると、

直ぐに後ろを振り向き、疑いの目を向けて来る。


「地図を確認する限り、この場所で間違いないはずだ」


スマホを操作しながら火月が返事をする。


本部へ行く旨を伝えた日の翌日、

水樹さんから詳しい日時と場所が記載されたメールが届いた。


いくつか候補日を提示してくれるのかと思いきや、

組織が指定してきた日程はメールを受け取った日の二日後、

二月十三日の一日のみだった。


随分と急な話だなと思ったが、長い間待たされるよりはマシだ。


直ぐに有給の申請を出し、

平日の今日、会社を休んだ火月は三十分ほど電車に揺られ

メールに記載のあった場所へ今しがた到着したばかりである。


しかし、目の前に建っている建物は、

組織……蜃気楼パルチダの本部と言うよりも、

足場が組まれた解体前の廃ビルにしか見えなかった。


自分が場所を間違えたのかと思い、

メールに記載された住所と地図を何度も確認するが、

やはり目的地はこのビルを指している。


「お前、何度か本部に行ってるんだろ? 場所くらい覚えていないのか?」


「道中のことなど気にするわけなかろう。

 なんせ自分の足で歩くことなんてなかったからな。

 寝て起きたらもう着いておったわ」


こいつ、体どんな待遇を受けていたんだ……

と大名が乗るような駕篭かごを一瞬想像した火月だったが、

せいぜいペット用のキャリーバッグが関の山だなと思い直した。


「外階段があるみたいだし、とりあえず登ってみるか。

 最終目的地は屋上だからな」


「お主、本気で言ってるのか? 

 少なくとも十階はありそうな高さじゃぞ?

 ただでさえ、駅からここまで結構歩いてきたんじゃから、もう我は動きたくない」


その場にペタンと座り込んだねぎしおが、ぶーぶーと不満を漏らす。


「滅多に身体を動かさないんだから、良い運動だと思え。

 お前、普段から丸いのに、正月開けてから一段と丸みに磨きがかかってるぞ」


「我が正月太りをしたとでも言いたいのか?」


自覚があるのか、ギロッとねぎしおが睨んでくる。


「別に……。

 ただ、もう少しスマートになれば

 疲れるのも内場になるんじゃないかって思っただけだ」


「ふん、最近のとれんどは、ムチムチした身体つき!

 とテレビでやっておったから、無用な心配じゃ」


それは人間の体系に限った話だ……と言いたいところではあったが、

これ以上会話を続けても先に進まないと判断した火月は、

背負っていたリュックを下ろすと、ファスナーを開ける。


「今日だけだからな」


リュックの中に入るよう、ねぎしおに促すと

「我を運べることを光栄に思うがよい」

と随分と偉そうな態度をとってきたので、

こいつを運ぶのはこれっきりにしようと強く決意した火月だった。

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