第243話 スノームーン

「本当に何も知らないでいるのと、知っているけど知らないふりをするの

 どちらがいいかって聞かれたら、自分は後者を選びます」


嘘偽りない本音を水樹さんへ伝える。


「それで本当に後悔しない?」


「……わかりません。

 でも、後悔って直ぐに決められるようなものじゃないと思うんです。

 もしかしたら、話を聞いた直後に知らなければ良かったって思うかもしれません。

 仮にそうだったとしても、

 それが例えば人生最後の日になって、もう一度自問自答してみた時には、

 後悔する出来事じゃなくなっている可能性もあるんじゃないでしょうか。

 結局のところ、

 後悔する、しないの最終決定権を握っているのは未来の自分だけです。

 だから、その仕事は未来の自分に任せようと思います。

 と言っても現時点においては、後悔ばかりの人生ですけどね……」


自分の返答が彼女の期待したものだったのかはわからないが、

「はぁ……」と小さく息を吐く音が聞こえる。


「うん、わかった。

 だったら私から言う事は何もないよ。

 取り急ぎ、伝えたかったことと確認したかったことは以上かな。

 詳しい日程に関してはまたメールで連絡するね」


そう言い終えるや否や彼女が席を立つと、

そのまま玄関へ向かったので後を追う。


ダークブランのロングブーツを履き終えた水樹さんに

「駅まで送りますよ」と声を掛けると、

「それじゃあ、エントランスホールまでお願い」と言われたので一緒に外へ出る。


エレベーターに乗っている間、特に会話は無かった。

普段は水樹さんの方から話題提供をしてくれるので、

お互いが黙っている時間はそう長くない。


何かまずいことを言っただろうか……

と考えている内にエレベーターは一階に到着した。


「中道君、昔と変わったね」


エントランスホールに向かっている途中、先を歩く水樹さんがぽつりと呟く。


「そうですか?あまり自覚はないのですが……」


「あー、別に悪い意味でとかじゃないよ? 

 むしろ、良い傾向だと思う。

 これも他の修復者との関係が増えたからかな」


「かもしれません。

 特にここ一年は、ねぎしおを含め、色んな方とお会いする機会が増えましたから」


「確かに、ねぎしおちゃんの影響は大きいよね。

 てっきり私、

 今回の件について中道君は話を聞きに行かないじゃないかって思ってたの。

 だって君、危ない橋は渡らない主義でしょ?」


「それは……そうですね」


「前回の伊紗いすずちゃんの件は、乗り掛かった舟ってことだったし、

 君が協力するのも納得できた。

 けど今回は違う。

 完全に中道君自身がリスクを取る行動を選んでる。

 それは、ねぎしおちゃんのため?」


水樹さんに指摘されてハッとした。

彼女の言う通り、今までの自分ならリスクの高い行動はできるだけ避けてきた、

それに見合うリターンが期待できるならまだしも、

今回はリターンがあるかどうかもわからない、謂わば博打ばくちのような状況だ。


なので、今までの自分を見てきた水樹さんが疑問を感じるのは

ごく当たり前のように思えた。


「どうなんでしょう……。

 ねぎしおあいつのためだったり、

 積極的にリスクを取りにいっているつもりはなかったのですが、

 間違いなく言えるのは、全部自分の意志で決めたってことです。

 質問の答えになってなくて、すみません」


「全然大丈夫だよ。

 最初にも言ったように、変化そのものを否定しているわけじゃないからさ」


そう言い終えると、彼女がくるりと後ろを向いてこちらを見上げてきた。


「今日は突然お邪魔しちゃってごめんね!

 見送りはここで大丈夫だから」


「わかりました、どうかお気をつけて」


「うん、寒いから中身君も早く部屋に戻ってね!」


街灯が照らす道の方へ向かって、水樹さんの後ろ姿が暗闇に溶けていく。


ふと夜空を見上げると、真っ白に光る満月が視界に映る。


心なしか、普段よりもサイズが小さいような気がした。

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