第239話 ディナータイム

「一体何処をほっつき歩いてたんじゃ!」


自宅へ帰るや否や、玄関で仁王立ちをしていたねぎしおが声を荒げる。


「買い出しのついでに、外で飯も済ませてきたんだ」


「我を差し置いて、外で食べてきたじゃと?

 随分と良い御身分ごみぶんになったものじゃな」


どうやら、夕飯の時間が遅れたことに腹を立てているらしい。

靴を脱いでリビングへ移動した火月の後ろをねぎしおがついてくる。


「そもそも夕飯を食べて来るなら、事前に言っておくのが筋じゃろう。

 急に食いたくなったのなら、電話の一本でも入れておくべきだと思わぬか?」


ねぎしおが来てからは、家の固定電話を連絡用に使用する機会が増えていた。

なので珍しくこいつの言うことに一理あった。


それにしても、

この歳になって無断外食を怒られることになるとは思ってもみなかった。

何処ぞのオカンを彷彿とさせるねぎしおの台詞に、思わず苦笑する。


「お主、反省しているのか?」


「悪かった、今後は気をつける。

 でもこの前、冷凍食品の食べ方を教えたんだから

 チンして食べていても良かったんだぞ?」


「あぁん?

 確かにお主がアタルデセルに寄って帰りが遅くなる日は食っておったわ。

 じゃが、ここ最近はほぼ定刻通りに自宅へ帰って来ておったからな。

 夕飯直前に腹を満たすほど愚かではないぞ。

 何たって、空腹は最高の調味料じゃからな。

 まぁ、それも全部お主が事前に遅れる連絡をしてくれていたなら、

 我も心置きなくチンできたのにのぅ」


これからチクチクと嫌味を言われる未来が容易に想像できた火月は、

手に持っていたコンビニ袋をリビングのテーブルに置く。


「本当にすまなかった。一応お土産も買ってきたから機嫌を直してくれ」


「土産じゃと?

 そんなもんで我の怒りが収まると思ったら大間違い―――」


そうぶつぶつと文句を言いながら袋の中身を物色し始めたねぎしおは、

一瞬言葉に詰まったかのような素振りをみせると、

「まぁ、今回だけは特別に許してやろう」と一人呟く。


燻製チーズだけでなくビーフジャーキーも買っておいて正解だったな

と安堵した火月は、

やはり食い物の恨みは食い物でしか解決しないものなんだなと改めて実感する。



「ピンポーン」



不意に玄関のチャイムが鳴り響く。


特にネットで買い物をした記憶はなかったので、

こんな時間に誰だろうと思いドアフォンのモニターを確認するが、

人の姿は見当たらない。


「何じゃ、来客か?」


燻製チーズを食べながら、ねぎしおが話しかけてくる。

ついさっき、空腹は最高の調味料と言っていた奴が

夕飯前に早速腹を満たしてるじゃねぇかと指摘したくなったが、ぐっと堪える。


「そうみたいなんだが、誰もいるように見えなくてな」


「ふん、こんな時間に来るやつなんて、かなめしかおらんじゃろう。

 どうぜドアの前に隠れておるんじゃないのか」


「……それもそうだな」


ねぎしおの言う通り、自分の家を知ってる人間なんて配達員か要くらいだ。

わざわざ悪戯みたいなことをしなくてもいいのにと思いつつ、

玄関へ向かった火月は鍵のロックを解除して、ドアを開ける。


「来ちゃった……」


そう言って目の前に立っていたのは、

頬を赤らめた一人の女性……私服姿の水樹さんに他ならなかった。

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