第238話 常連

コンビニの袋をぶら下げ、そのまま帰宅しても良かったのだが、

今日は久々に外食したい気分だったので、

牛丼屋のチェーン店がのきつらねている道路の反対側へ移動する。


外から店内の様子をうかがってみると、

どの店も会社帰りのサラリーマンで賑わっており妙な親近感を覚えた……が、

混雑している店内で食事をするのは苦手なので、

チェーン店での食事は諦めることにした。


仕方が無いので大通りの道を真っすぐ歩いていると、

向かって右手側に個人経営の店の看板が見えてくる。


七七四屋ななしや


白地しろじの看板に達筆な字がつづられているその店は、

火月が最終手段として通っている屋だった。


暖簾のれんくぐり、スライド式のドアを開けると、

十人ほど座れる長いカウンター席が視界に広がる。


店に入ってすぐ左手に券売機があるので、

いつも頼んでいる特製つけ麺を選ぶと、

一番奥のカウンター席に腰を下ろした。


店主が机の上に水のピッチャーを置くのと同時に券を渡した火月は、

空のコップを手に取って水を注ぎ始める。


飲食店のピークタイムと言われる時間帯にも関わらず、

店内には自分以外の客がいなかったが、

それこそがこの店の一番の魅力と言っても過言ではない。


この店は物凄く味が美味しいとか、格安のメニューが揃っているわけではない。

正直なところ、チェーン店と比べれば値段は割高だし、

味に関しても可も無く不可も無くといったところだ。


ちなみに、

初めてこの店に来たときに『二度目は無いな』と思ったのはここだけの話である。


しかし、結果として火月は一年以上この店に通っていた。


安くて美味しいという条件で探せば他にいくらでも選択肢はあるのだろう。

でも、飲食店は値段や味だけじゃなく

雰囲気……言い換えるなら居心地の良さのようなものも大事なんだなと、

そう思わせてくれたのがこの『七七四屋ななしや』だったのである。

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