第236話 リスタート

「もう少しゆっくりしていってもいいのに」


玄関で靴を履き終えた伊紗いすずに向かって、先生が話しかけてくる。


「いえ、これ以上はご迷惑になりますから。

 それに私もやらなきゃいけないことがありますので」


「……なら仕方ないね。

 久城さん、今日施設ここに来た目的は達成できたかい?」


「そうですね。

 予想外のサプライズはありましたが、やっぱり来て良かったと思います。

 先生、今日はありがとうございました。

 それと、もう若くないんだから身体には気をつけてくださいね」


「おっと、これは手厳しい。肝に銘じておくよ」


小さく会釈をした伊紗は振り返って玄関のドアノブを握る……

と同時に後ろから先生の声が聞こえた。


「そういえば、内空閑うちくがさんと久城さんが施設を離れて数ヶ月経った頃かな。

 匿名の方から施設宛てに学用品や日用品の寄付が届くようになったんだ」


「……そうだったんですね。でも、どうしてその話を私に?」


ドアノブを握ったまま伊紗が答える。


「うーん、何でだろうね。

 でも、私はいつかその人……

 いや、その人達に直接お礼を言いたいなぁと思ってるんだ。

 だから、その時が来るまでは健康でいるつもりだよ」


「……私も見習わなきゃですね。

 それじゃあ、行ってきます!」


「あぁ、行ってらっしゃい」


ドアを開け、白い光の中へ消えていった伊紗の隣に

もう一人見覚えのある女性の姿を見た初老の男性は、思わず息を呑む。


自分の錯覚かもしれないが、その二人の後姿うしろすがたは本当に懐かしく、

そして、頼もしいものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る