第235話 泪

『きっとあなたは今、

 心底複雑な気持ちでこの手紙を読んでいるのでしょう。


 私が伊紗いすずに手紙を書くことなんて一度もなかったからね。

 おそらく、これが最初で最後の手紙になるかもしれないから、

 一字一句見逃さないように!


 ……まぁ、書く内容については全然決めてないから、

 頭に浮かんだ言葉を自分の書きたいように書いてるだけなんだけど。


 だから、もし読みづらかったらごめんね、最初に謝っておくよ。

 

 自分でもがらじゃないことをやってるなぁって思う。

 けど、やっぱり大事なことは

 こうやって文字に起こしておきたいって思ったんだ。


 この手紙を伊紗が受け取ったってことは、

 もう私が心配するような状況ではないのでしょう。


 良い意味であなたに変化があったのだと思います。


 だから私が願うのはただ一つだけ、

 どうか自分で見つけたその道を突き進んで欲しい。


 伊紗が決めたことなら、どんなことでも応援するからさ。


 あー……。

 これじゃあ、まるで私が妹を心配する姉みたいになっちゃってるけど、

 実はそうでもないってことも伝えておくね。


 小学生の頃からずっと一緒に暮らしてきたけどさ、

 伊紗から見て私はどういう人間に見えたかな?


 明るく元気で頼りになる存在?

 ……って自分で書いてて恥ずかしくなってきた。


 もし、そんなイメージを持ってくれていたのなら嬉しいな。


 でも、本当の私は臆病な人間でさ

 伊紗の学校に転校してきた日も凄く緊張した。


 手足は震えるし、喉はカラカラで

 何処どこかに逃げちゃいたいほどの不安に押しつぶされようだったの。


 だから、虚勢を張って大きい声で自己紹介をしたんだ。

 この学校では上手くやれるようにって、ネガティブな自分を押し殺してね。


 クラスの人が結構話しかけてくれたから、私の作戦は上手くいったんだと思う。


 だけど、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。

 常に笑顔を作って話をしなきゃいけない状況が続いていたからさ、

 帰る頃には顔全体が少し筋肉痛になってたよ。


 これからは、偽りの自分を演じなければならない……

 そう思うと帰りの足取りが重くてね。


 施設での自分はどういうキャラクターがいいのかなーって考えてたら、

 伊紗に出会ったんだ。


 最初にあなたを見た時に、直ぐにわかったの。

 あぁ、この人は私と同じなんだなって。


 伊紗が私に言った言葉、今でも覚えてるよ。


 ”仲良くする必要なんて無い、私とあなたは真逆の人間なんだから、

  話をしても面白くないだろう”ってね。


 いやぁー、普通初対面の人にそんなこと言う?って

 あの時は本当に驚いたんだ。


 でもね……同時に凄いなぁって思った。

 この人は私と違って、本音を真正面からぶつけてくるんだなぁって。


 根っこの臆病な部分は私も伊紗も同じなんだけどさ、

 私は表面を偽り、あなたは偽らなかった。


 きっと前者の方が世渡り上手って言われるのかもしれないけど、

 私は自分を偽らないあなたが凄くカッコよく見えたし、羨ましかったの。


 だから、伊紗の言葉を聞いたら自分の悩んでいたことが

 凄くちっぽけなものに思えちゃってね、可笑しくなっちゃったんだ。


 色々話が脱線しちゃったけどさ、

 要するに、私が肩ひじを張らずに自然体でいれるのは、

 間違いなく伊紗のおかげってこと。


 そして、そんな伊紗は私の憧れだってこと。

 それだけは覚えておいて欲しい。


 うん、伝えたかったことはもう書き終わったかな。


 願わくば、未来の伊紗がこの手紙を読むとき、

 隣に私がいませんように!なんてね』



 手紙を読み終えた伊紗が顔を上げると、

 先生が心配そうにこちらを見ていた。


 『……そっか、茜ちゃんも同じだったんだ』


 私が茜ちゃんに憧れていたように、

 彼女も自分に憧れていたという事実を知り、

 胸がじいんと熱くなる。


 それにしても随分身勝手な話だ。


 勝手に手紙を書いて、勝手に暴露して、

 勝手にいなくなって……。


 これじゃあ、文句の一つも言えないじゃないか。

 せめてお別れの言葉くらい、言わせてくれても良かったじゃないか。


 頬を伝った涙を何度も手の甲でぬぐっていた伊紗は、

 ほどなくして静かに口を開く。


 「先生……。

  どうやら私、ずっと勘違いをしていたみたいです」

 

 そう言い終えた伊紗の目は赤くれていたが、その表情はとても晴れやかだった。

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