第234話 手紙

「これは、手紙……ですか?」


「そうだね、ちなみに久城さん宛ての手紙で間違いないよ」


突然の出来事に呆気あっけにとられる。


まさか、先生から可愛らしい洋型封筒を受け取ることになるなんて

誰が予想できただろうか。


どちらかと言えば、

お世話になっていた自分から渡すのが一般的なのかもしれない……

そんな考えが頭の中をぐるぐると回っていると、

先生が少し慌てた様子で口を開く。


「ごめんごめん、いきなり渡されたら勘違いしちゃうよね。

 実はこの手紙、私が書いたものじゃないんだ」


「え? ああ、そうですよね。

 ちょっとびっくりしちゃいました。となると、この手紙は一体―――」


内空閑うちくがさんからの手紙だよ」


伊紗いすずが言い終える前に、先生が送り主について教えてくれた。


「えっ……」


自分の聞き間違いかと思い、聞き直す。

先生の方へ視線を向けると、さっきまでの柔和な雰囲気は一変し、

その表情から彼が冗談を言っていないことを理解する。


「でも、茜ちゃんはもう……」


「うん、内空閑さんは一年前に亡くなってる。

 だから、この手紙は一年以上前に彼女から預かったものなんだ。

 時期としては久城さんと内空閑さんがここを出て行く日の前日だったから、

 大体二年くらい前になるかな」


「……そう、だったんですね」


私に宛てた手紙なら、どうして直接渡してくれなかったのだろう。

手紙を渡す直前に照れ臭くなった……という可能性も一瞬考えたが、

直ぐにかぶりを振って思い直す。


うん、その可能性はほぼ無いだろう。

だってあの茜ちゃんだ。


彼女が気恥ずかしそうにしている姿をどうしても想像できなかった伊紗は、

他に何か理由がないか、その場でジッと考え込む。


「理解できないといった様子だね」


先生が微笑を浮かべてこちらを見ていた。


「彼女から手紙を預かった当時、私も久城さんと同じ疑問を抱いたんだ。

 自分で直接渡せばいいじゃないかって。でも彼女はそうしなかった」


「もしかして、私の悪口が書いてあるとか」


いくら親しい仲とは言え、全部が全部相手のことを好きになれるとは限らない。

それに、自分が仲良しだと思っていても、

相手も同じように思っている保証は何処にもないのだ。


案外、『友情』なんてものは、

お互いの勘違いの上で成り立っているものなのかもしれない……

そんなことを考えていた伊紗は、先生の笑い声で我に返る。


「まさか、久城さんの口からそんな言葉が出てくるなんてね。

 もう少し内空閑さんのことを信じてあげてもいいんじゃないかな」


「そこまで笑わなくても良いじゃないですか。

 私、これでも結構真面目に答えたつもりなんですけど」


「ごめんごめん。

 普段の二人の姿を見ている人なら、悪口なんて絶対にあり得ないって思うからさ。

 それを真っ先に当人が否定してきたら、笑わずにはいられなくなっちゃって」


「そういうものですかね」


むすっとした様子で伊紗が答えると、先生が呼吸を整えながら話を再開する。


「先生から見て伊紗が一人でも大丈夫そうに思えたら、この手紙を渡して欲しい……

 そう内空閑さんに言われたんだ」


「一人でも大丈夫そう……ですか」


「うん、内空閑さんは久城さんが周囲に対して

 引け目を感じていることをずっと心配していてね。

 本当はやりたいことがあるのに他人を優先しているんじゃないかって

 思ってたみたい」


「それは……」


完全に否定することができず、思わず口ごもる。

確かに、以前は周囲に引け目を感じていたのは事実だ。


でも、茜ちゃんと一緒に過ごすようになってからは、

あまり気にならなくなっていた。


それに、特別自分にやりたいことがあったわけではないので、

茜ちゃんのやりたいことを優先することに不満なんてなかった。


「そして、何より彼女が一番心配していたのは、自分がいなくなった時のことだ。

 もし、私に何かがあった時、

 伊紗はちゃんと前を向いて歩けるだろうか……ってね」


「……」


私にとって茜ちゃんは人生の道標みちしるべだった。

彼女がいれば大丈夫、本当にそう信じていた。


だから、異界で彼女を失ってから

私は自分の道がわからなくなってしまった。


つまり、彼女の予想は見事的中したといえる。


「でも、今日久々に久城さんの顔を見て、これなら大丈夫だなって思ったのさ。

 内空閑さんの後ろをついって回っていた久城さんじゃなく、

 そこにはちゃんと自分の意志をもった久城 伊紗という人間が立っていたからね。

 最初見た時は、雰囲気がまるで違ったから誰かと思ったよ」


「そんなことないです、今でも私は弱いままですから」


「兎にも角にも、自分の役目はここまでだ。

 その手紙の中身を読むか読まないか、

 それを決めるのは他でもない久城さん自身だよ」


「そうですよね……。

 先生、長い間茜ちゃんの手紙を預かってくれてありがとうございました。

 ちなみに、今ここで読んでも大丈夫ですか?」


「あぁ、それは構わないよ。早く彼女に会いに行ってあげるといい」


「はい!」


受け取った封筒から一枚の便箋を取り出した伊紗は、

その内容に目を通し始めたのだった。

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