第233話 四方山話

「最近、特に白髪が増えてきてね。

 ちょっとショックだったんだけど今朝の雪を見て、

 これからは雪化粧をしたと自分に言い聞かせることにしたよ」


「何だかいつも通りの先生で、安心しました」


以前お世話になった施設へ久々に足を運んだ伊紗いすずは、

玄関の前で雪かきをしていた成川なるかわ先生に案内され、

リビングのテーブル席に向かい合って座っていた。


突然の訪問だったにも関わらず、

先生は嫌な顔ひとつせずこころよく迎え入れてくれた。


それはまるで、自分がちゃんとここに帰って来てもいいんだ

と言ってくれているような気がして、心がじんわりと暖かくなった。


「そうかい? 

 これでも老体にむち打って動いてる状態なんだけど、

 もう少し若作りを頑張ってみようかな」


おどけた様子で先生が力こぶを作る。


そんな他愛もない会話は、時間を忘れさせてくれるほど楽しく、

気づいた時にはマグカップに入れてもらったコーヒーから白い湯気が消えていた。


お互いの近況報告が一通り終わり、二人の間に沈黙が流れる。


ただ、その沈黙は決して息苦しいものではなく、

伊紗が話し始めるのを先生がずっと待ってくれているような、

そんな雰囲気を漂わせていた。


「先生は……、茜ちゃんのことを覚えていらっしゃいますか?」


伊紗の真っすぐな瞳が正面に座っている先生をとらえる。


「もちろん、覚えているよ。

 久城さんと内空閑うちくがさんは施設の中でも姉妹のように仲が良かったからね。

 凄く印象に残ってるんだ」


先生が昔を懐かしむように話し終えると、同時に表情が険しくなる。


「でも……、だからこそ

 ちょうど一年くらい前に内空閑さんが病気で亡くなったとの知らせを受けた時は

 本当に驚いたんだ。

 久城さんとも連絡が取れなかったから、ずっと心配してたんだよ?」


「すみません、色々とバタバタしていまして……」


「いや、いいんだ。別にめているわけじゃない。

 ただ、内空閑さんと一番仲が良かったのが久城さんだったから、

 そのことを思うとどうしても気になってね。

 だから、今日こうやって会いに来てくれただけでも本当に嬉しいよ。

 話を聞いた限り、今の久城さんを見たら内空閑さんも安心できると思うしね」


先生の話をまとめると、茜ちゃんは一年前に病死したことになっているようだ。

やはり修復者の喪失ロストのルールは適応済みらしい。


彼女の存在そのものが無かったことになるのでは?

と若干不安に感じていた部分はあったが、

ちゃんと私と彼女の仲が良かったという認識が残っていたことを

確認できただけでも十分だった。


これ以上、長居して施設に迷惑をかけるわけにもいかない

と思った伊紗は静かに席を立つ。


「コーヒー、ご馳走様でした。

 そろそろ子供たちも起きてくる時間かと思いますので、

 私はおいとましようかと―――」


「そうだ、少し待っててくれる?」


伊紗の話をさえぎるように先生が会話に割り込んでくると、

そのまま立ち上がってリビングから姿を消した。


一体何事だろうか……と不思議に思いながら席に座り直した伊紗は、

部屋の中をぐるりと見渡す。


大まかなレイアウトは変わっていなかったが、

見慣れない家具やクッションが目に止まり、

自分がここを離れてから時間が経ったんだなぁと改めて実感する。


ほどなくして、先生がリビングに戻ってきた。


「どうしてもこれを渡しておかなきゃいけないと思ってね」


そう言い終えると、先生がリボン柄の入った封筒を差し出してきたのだった。


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