第228話 光芒一閃

大剣が身体を真っ二つに切り裂いた……と思いきや、

その一撃は火月の前髪をわずかにかすった程度のものだった。


苦し紛れに一歩後退したのが功を成した……というわけではなく、

どうやら大剣の軌道が大きく手前にずれたらしい。


再び地面がぐらりと揺れて、

コロシアムの天井からパラパラと細かい砂が降ってくる。


異界の崩壊がいよいよ自分たちのいる場所まで迫ってきているようで、

男の足元が地割れのように大きく傾いているのを火月は見逃さなかった。


おそらく、崩壊の振動によって地割れが起き、男の体勢が崩れたのだろう。

結果的に強烈な一撃を首の皮一枚でまぬがれたが、

まだ相手の攻撃は終わっていない。


「運だけは良いみてぇだなぁ。でも、次は外さねぇぞ」


直ぐに得物を持ち直した男は大きく大剣を薙ぎ払う。


間髪入れずに繰り出される攻撃に反応が少し遅れるが、

この至近距離ではどっちみち攻撃を受けるしかないと覚悟を決めた火月は、

短剣を構えた。


「中道さん、避けて下さい!」


突然、後方から誰かが叫ぶ声が聞こえる。


この危機的状況で更に不確定要素が起きるのかと思ったが、

何故かその声の主の言葉を信じる気になった火月は、

咄嗟とっさに自分の身体をひねる。


それは目の前に迫る大剣ではなく、

まるで真後ろに迫っている別の攻撃を避けるかのような挙動だった。


直後、火月の脇の真横を一本の矢が物凄い勢いで通過し、大剣に衝突する。


普通の矢よりもサイズが一回り大きく、

周りが白い光で覆われていたその攻撃は、光の一線と言っても過言ではない。


「あぁ? これは片手じゃ防げねぇな」


矢の一撃を即座に大剣で防いでいた男が、両手で得物を握り直す。


矢が貫通するのか……それとも相手が防ぎ切るのか

激しい衝突が続いていたが、男が大剣を振り上げて矢の一撃を頭上へはじき飛ばした。


光の矢はそのまま勢いを落さずにコロシアムの天井に衝突すると

程なくして、亀裂の入った天井から大きな砂岩の塊が次々と落下してきた。


『この好機を逃すわけにはいかない!』


即座に包帯の男と距離を取った火月は、

地上へ降り注ぐ岩を避けながら、視線を左右に動かす。


すると、出口の扉の近くに、ねぎしお?らしき物体を見つける。


地面の砂に頭を突っ込んで足だけ出しているその姿は、

まるで落とし穴にでも引っかかったかのでは?と思うほど間抜けな絵面だった。


「早く出口へ向かいましょう!」


声がする方を一瞥すると、久城くじょう 伊紗いすずが駆け寄って来る。

やはり、さっきの後方支援は彼女のものだったらしい。


「わかりました。

 色々と言いたいことはありますが、

 とにかく今は自分の背中に乗ってくれませんか?」


「えっ……、いきなり何を言ってるんですか?」


火月と伊紗の視線が交錯する。


「この状況じゃ天井の落下だけでなく、

 地面の崩壊にも気をつけなければなりません。

 二人で確実に生き残るためにも、自分が背負って一緒に逃げた方が安全です。

 なんたって、回避専門の能力ですから」


少し戸惑っている様子の彼女だったが、

こちらの言いたいことを理解してくれたようで、

おずおずと背中に体重を預けてきた。


「あと、自分は出口の扉にだけ集中してしまうので――――――」


「わかりました。中道さんの後ろは私が守りますね」


どうやら彼女は自分の役割を直ぐに察してくれたようだ。

これで、心置きなく扉に向かうことができる。


崩壊の激しさが増す異界の中をジャンプ移動を繰り返しながら突き進む。


包帯の男は降り注ぐ砂岩を大剣で破壊していたが、

火月達が方向に向かって移動しているのを見逃さなかった。


「鶏だけは置いて行ってもらうぞ」


一人呟いた男は、直ぐに二人の元へ距離を詰めようとしたが、

三本の矢が自分に向かって迫っていることに気づき、大剣で攻撃をいなす。


どうやら修復者はもう一人いたようだ。

すると再び天井の砂岩が迫ってきており、同じように破壊していく。


「めんどくせぇなぁ……」


このままでは近づくのが難しいと判断した男は、

頭上に落ちてきた巨大な砂岩の塊を真っ二つに切り裂くと、

その内の一つを剣の腹で思いきり振り抜いた。


砂岩の塊は、まるでバットに当たったボールのように

火月達のいる場所へ向かって勢いよく飛んでいく。


「中道さん、大きい岩が迫ってきています」


背中越しから久城 伊紗が話しかけてくる。


「なるほど、それじゃあ矢で破壊してもらってもいいですか?」


「そうしたいのは山々なんですが、

 ついさっき矢を放ったばかりなので、まだクールタイム中なんです」


「となると――――――」


「はい、全力で逃げるしかないかと……」


顔は見えなかったが、彼女が申し訳なさそうにしている表情が目に浮かぶ。


あと数メートルの距離まで来たのに、

こんなところで岩の下敷きになるのはまっぴらごめんだった。


能力の制限時間が残り十秒を切ったところで、

ようやくねぎしおのいる場所に辿り着いた火月は、

そのままスピードを落さずに、地面から出ている足を掴んで引っ張り上げる。


「中道さん、もう岩が目の前に――――――」


『何とか間に合ってくれ!』


出口の扉へ到着するのと同じタイミングで、

巨大な砂岩の塊が火月達のいた場所へ直撃し、

激しい衝突音だけがコロシアムに響き渡った。

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