第227話 窮鼠猫を嚙む

砂岩の柱に到着した包帯の男は、

微動だにせずうつむいている火月を冷ややかな目で見下ろす。


今回の修復者は今までの奴とは少し違う雰囲気を感じていたのだが、

結局同じだった。


これなら、怪物を相手にしていた方がまだ楽しめるだろう。


少し時間を使ってしまったが、ようやく本来の目的に戻れる。

異界の崩壊も始まっているので

さっさと白い鶏を回収しようと決めた男は、きびすを返して歩き始めた。



――――――


――――――――――――



『反撃するなら、今しかない』


自分のいる場所から包帯の男が遠ざかっていくのを察した火月は、

次の一手を考える。


大剣の攻撃で吹き飛ばされ、全身にダメージを負っていたが、

まだかろうじて意識を保っていた。


今の状態で直ぐに立ち上がってもこちらに勝ち目はないと判断した火月は、

一か八かの賭けで、完全に自分の意識がなくなっている状態を演出していた。


結果的にこの作戦は成功したようで、

男はねぎしおを探しているのか、こちらに背を向けている。


騙し討ちのような形になってしまうが、正攻法で倒せる相手ではない……

なら、どんな手を使ってでもより勝率の高い方法を選ぶのが自分のやり方だ。


先ほどの一撃から、相当な腕力をもっているのは容易に想像できる。

言うまでもなく、身体能力はズバ抜けて高いのだろう。


ただ、同じ人間なら弱点も同じはず……

どんなに屈強な人でも、後頭部へダメージを受けたら必ず隙が生まれる。


そこまでいけば、この異界から脱出する時間を作れるはずだ。


つい先ほど、視界の端の方で出口の扉が出現したのは確認済みで、

ここからだと距離は百メートルといったところか。


時計の能力の制限時間は残り三分を切っており、

悩んでいる暇は無かった。


だらんと垂れた右手の短剣を強く握りしめた火月は、

両足に力を入れて一気に男の真後ろへ飛び掛かる。


『これなら、いける!』


そう思って躊躇なく短剣を振り下ろした火月は、

相手の身体に得物が突き刺さった手応えを感じる……が、

それは


どうやら火月が攻撃を仕掛ける寸前で、男が後ろを振り向き、

顔を覆うようにして腕を出したのだと直ぐに理解する。


「狙いは悪くねぇが、ラビットパンチは感心しねぇなぁ」


腕から血を流しながら、男が話しかけてくる。

この状況はまずいと思い、急いで短剣を抜こうとするがなかなか抜けない。


「一つ教えてやる。

 牽制や威嚇でない限り、相手へ向ける殺意は直前まで隠しておくもんだ。

 お前の殺意はわかりやすいくらい、ずっと俺に向けられていたぞ」


どうやら、自分の騙し討ちは完全に読まれていたらしい。


「にしても、ようやくお前を捕まえることができたなぁ。

 やっぱり相手を切るなら生きの良い状態に限る」


過去一番の殺意を感じた火月は、男の右手に思わず目が奪われる。


既に大剣を高く掲げており、

自分へ向かって振り下ろされようとしていた。


なるほど、自分の攻撃を大剣で防がなかったのはこのためか。

肉を切らせて骨を断つ……まんまと相手のてのひらの上で転がされていたようだ。


短剣がようやく抜けたと思ったら、黒色の大剣が目前に迫ってきていた。

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