第224話 思惑

ねぎしおは今の状況に焦っていた。

それは過去の自分の発言が原因である。



『もし我以外に喋るやからがおったら、

 その時は誠意のこもった本物の土下座をしてやる。

 じゃから、もしお主が間違っておったら、今度こそ我に土下座をするんじゃぞ』



何故あんな啖呵たんかを切ってしまったのだろうと、

今更になって後悔する。


まさか、本当に自分以外に喋る怪物?と遭遇するとは思ってもみなかった。


火月とこの黒い鶏が既に会話をしたのかはわからなかったが、

自分が土下座を回避するための唯一の方法……、

それはこの黒い鶏を始末、もとい追い払うことである。


自分で始めたこととはいえ、

もうあんな屈辱的なことをさせられるのはこりごりだ。


我は我の沽券こけんを守るために戦うしかない……

そう決意したねぎしおは、キッと目の前の相手を睨みつけた。



――――――


――――――――――――



『何、こいつ……?』


黒い鶏は思わず後ずさりをする。

何故なら、さっきまで会話をしていた相手が同一人物とは思えなかったからだ。


例えるなら、定年退職をして悠々自適な老後生活を過ごしていた人が、

いきなり現役時代に戻ったかのような感覚とでも言えばいいのだろうか。


そのくらい目の前の鶏の雰囲気は大きく変わっていた。


自分に対する明確な敵意をひしひしと感じつつ、

その原因を考える。


記憶を失っているのならば、

ほぼ初対面の自分へ敵意を向ける理由がわからない。


まぁ、包帯の男のような戦闘狂タイプだったならば、

あり得なくはない話だが、

この鶏がそんなタイプじゃないことだけは断言できる。


とするならば、

こいつが戦う意志を決めたきっかけが他にあると考えるのが自然だろう。


それこそ、自分のためではなく誰かのため……

そこまで考えが進んだ時に一つの可能性に辿り着く。


『もしかして、あの人間のため?』


激しい戦闘を繰り広げている二人を一瞥いちべつする。


どうみても包帯の男の方が有利に見えるが、

まさかこいつ、自分のパートナーを助けるつもりなのだろうか。


だから、先に私を始末しようと決めたのならば、

今の変わりようも納得できる。


なるほど……こいつが他の誰かのために動くなんて思ってもみなかったが、

どうやら、少し見ない内に大きな心境の変化があったらしい。


「あんたの考えてること、何となく分かったわ。

 でも、私もここでやられるわけにはいかないのよ!」


そう言い終えるとばっとコロシアムの中心へ向かって走り出す。


「貴様! 何処へ逃げるつもりじゃ!」


後ろから相手の叫ぶ声が聞こえる。

黒い鶏と白い鶏の戦闘?が始まろうとしていた。

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