第223話 眼光炯炯

「逃げてばっかりじゃ、俺には勝てねぇぞ?」


相手の攻撃を見極め、回避に専念してると、

包帯の男が話しかけてくる。


もとより力比べで勝てるとは思ってないさ」


男との間合いを十分にとった火月は、呼吸を整えながら返事をする。


「はっ、最初からそういうスタンスってわけか」


一人納得した様子の男は、右手で握った大剣を肩に担ぐと、

その場で足を止めた。


相手が何を考えているのかわからなかったが、

不測の事態が起きても対処できるように全身の感覚を研ぎ澄ます。


対人戦は火月にとって久々のものだったが、

やはり怪物を相手にするよりも回避がしやすいなと再認識する。


というのも、得体の知れない怪物は

そもそもがどんな動きをするのかわからないので、

往々おうおうにして予想外の出来事が付きものである。


対して、人の形をした者ならば身体の構造は同じなわけで、

相手の動きは比較的予想しやすい。


よって、そこに大きな実力差があったとしても、

火月にとって同じ人間相手の方が回避の能力を遺憾なく発揮できるのだ。


そうは言っても

こちらに余裕があるかと問われれば、答えはノーである。


一瞬の油断もできないほどの相手なのは間違いないし、

時計の能力には制限時間がある。


体力だって無限にある訳ではないので

時間が経過すればするほど自分が不利になるのは目に見えていた。


故に異界の崩壊が始まった今、自分にできることがあるとすれば、

出口の扉が出現するまでの時間稼ぎくらいだろう。


実界に戻ったところで根本的な問題が解決するとは思っていないが、

とにかく今はこの異界から脱出することが最優先事項だった。


「理解できねぇな……

 お前、他人には興味ないタイプの人間だろ?

 いや、自分のことすら興味ないって目をしてるなぁ。

 そんな奴がその鶏に知的好奇心を抱くなんて考えられねぇ。

 つまり、お前がそいつを庇う理由は自分以外、

 例えば第三者に依頼されてる可能性が高い」


「お前が俺に対してどう思うのかは勝手だが、俺は俺のために動いている。

 人間なんて、誰しも自分勝手な生き物だろ。

 珍しい話じゃない」


「あぁ、でもお前は自分で生きてる感じがしねぇんだよなぁ。

 死ぬ理由が無いから生きてる……

 いや、死ぬ理由を探すために生きてるって言った方がしっくりくる」


「俺はただ、普通の生活をしたいだけだ。

 生きるためには金が必要だ、だからこの仕事もやってる。

 それだけの話だ」


「はん、通りで何の気力もない、つまんねぇ目をしてるわけだ。

 てっきり追偲ついさいエレクシオを狙ってるのかと思っていたが、

 そうじゃないみてぇだな」


追偲ついさいエレクシオ……?』


聞き慣れない用語に思案する火月だったが、

男から強い殺意のようなものを感じ取り、我に返る。


「少しは気晴らしになるかと思っていたんだが、期待外れだったみたいだなぁ」


いつの間にか、男が大剣を握りしめて目の前に迫ってきていた。


「……っ!」


この距離に来るまで全く気付けなかった。

今までとは明らかにスピードが違う。


既に男は横一線に剣を振り払っており、

回避が間に合わないと判断した火月は、短剣を両手で握りしめて受けの姿勢を取る。


直後、大剣と短剣が衝突し、その攻撃の勢いを防ぎ切れなかった火月は、

後方に吹き飛ばされると、砂岩の柱に全身を強く打ちつけたのだった。

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