第221話 雲泥万里

悪寒のようなものを感じた火月は、考えるよりも先に身体が動いていた。


ねぎしおのいる方へ一気に距離を詰めると、

そのまま左手で身体を掴んで抱きかかえる。


直後、黒色の大剣がねぎしおのいた場所に振り下ろされた。


火月と包帯の男が動いたのはほぼ同じタイミングだったが、

時計の能力のおかげで、何とか攻撃を回避することに成功する。


「あぁ? 確実に仕留めたと思ったんだがなぁ」


地面に振り下ろされた大剣をゆっくりと肩に担ぎ直した男が、

こちらを見ていた。


「何故そいつを庇う? 怪物を始末するのが修復者おまえらの仕事だろ」


「俺の仕事は情報集めが専門なんだ、怪物の始末は他の修復者に任せている」


「なら、大人しくそこで待っていてくれねぇか?」


そう言い終えたと思ったら、男が目の前に移動してきており、

大剣を使って薙ぎ払い攻撃を仕掛けてきた。


そのリーチの長さは想像以上で、間合いの意味がほとんどなかったが、

瞬時に低い姿勢をとった火月はこの攻撃も頭すれすれのところで回避する。


「そいつを庇うのに迷いがねぇーな、

 喋る怪物は見たことが無かったんじゃないのか?」


「あぁ、今初めて見た。

 こんな怪物は滅多にお目にかかれないから、詳しく調査する必要がありそうだ」


「だから、俺に始末させたくないってか?」


「そうだな、それにそもそもお前が修復者かどうかわからないってのもあるが……」


「はっ、素性がわからない奴は信じられないってか?

 随分お利口さんなこった」


担いでいた大剣を地面に突き刺すと男が話を続ける。


「最後の忠告だ。俺はその鶏に用がある。

 でも、お前がそれを阻止してくるっていうなら、もう会話をする必要はねぇよな」


好戦的な目つきをした男と視線がぶつかり合う。

その姿はまるで今の状況を楽しんでいるかのように見えた。


力の差は歴然、

ピリピリとした空気を感じつつ、何とかこの状況を打開する策を考える。


それこそ、ねぎしおを手放してしまうのが

自分にとって一番リスクの低い行動なのは間違いないだろう。


生き残るために手段を選んでいる暇はない、

きっと過去の自分なら間違いなくその選択をしていたはずだ。


だが、火月はその選択肢を選ぶつもりはなかった。


そこまでのリスクを取ってまでを守る義理なんてないのだが、

直感的にこの男にねぎしおを引き渡すのは得策ではない……そう感じたからだ。


何故この男がねぎしおを狙っているのか理由はわからなかったが、

とにかく今は実界へ無事に戻ることだけを考えることにした。


「悪いが、俺には俺の仕事があるんだ。だから、ここは譲って欲しい」


「……やっぱり、噓つきの目をした奴は駄目だなぁ」


男が大剣を引き抜くと同時にぐらりと視界が揺れる。

何事かと思って、咄嗟に足元を見ると地面が左右に揺れていることに気づく。


コロシアムの中心で横たわっていた怪物の死体は完全に消え失せており、

異界の崩壊が始まったことを察した火月だった。

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