第220話 因と縁

相手の姿が何であれ、自分の役割は変わらない。


とにかく今は、

このねぎしおに似た黒い鶏を始末するのが最優先事項だと判断した火月は、

短剣が鶏の頭部に突き刺さる目前のタイミングで「ガキン」とにぶい手応えを感じる。


鶏を守るかのように黒い金属製の盾が突如姿を現したかと思ったら、

それが火月の身長と同じくらいの長さはありそうな

大剣の剣身だと気づくのにそう時間はかからなかった。


嫌な予感がした火月は直ぐに後ろへ大きく飛び退くと、

再び鶏の怪物がいた方へ視線を送る。


「もう攻撃はしてこないのかぁ?」


剣身の後ろから声が聞こえたと思ったら、

地面に突き刺さった大剣が引き抜かれると同時に一人の人間?が姿を現す。


右目を包帯で覆い、黒いロングコートを身にまとっているその男は、

気怠けだるそうな表情をしてこちらを見ていた。


一瞬で身体が強張り、その場で動けなくなる。


全身から汗が吹き出し、ごくりと唾を呑んだ火月は

この男の得体の知れないオーラを肌で感じ取っていた。


「私、殺されるところだったんだけど……」


黒い鶏が不服そうな表情をしながら男の隣へちょこちょこと歩いてくる。


「あぁ?  結果的に生きてるから問題ないじゃねぇか。

 まぁ、お前が何時何処いつどこで野垂れ死のうが俺には関係ないがな」


男が一人、と笑っていた。


「私がいなかったら、扉の案内もできなくなるけど」

と黒い鶏が呟くと

「そういや、そうだったなぁ」と適当に返事をしていた。


依然として身体が動かない状態の火月だったが、

何とか頭をフル回転させる。


この黒い鶏……てっきり、ねぎしおが先回りしたのかと思っていたが、

どうやら全く別の個体らしい。


見た目は似ていても話し方は全然違うし、どうやらあの男と面識があるようだ。


また、近づいた時に怪物の気配をほとんど感じなかったため

危険度で言うなら、ねぎしおと同格とみて問題ないだろう。


それよりも重要視すべきなのは男の方だ。


十分な間合いが取れているにも関わらず、

身体中から危険信号を感じ取っており、今も警戒が解けないでいる。


少しでも油断したらやられる、そんな気がするのだ。


状況から察するに、サソリの怪物を始末したのはあの男で間違いないだろう。


正直なところ、あの男が修復者なのか、それとも怪物のような存在なのか、

その判断がつかないところではあったが、

いずれにしても自分がとんでもないことに巻き込まれている

という事実だけはハッキリしていた。


「ってわけで、こいつにはまだ利用価値があるんだ。

 だから、始末するのは諦めてくれねぇか?

 でも安心してくれ、最後は必ず俺が後片付けしておくからよ」


男が自分に話しかけているのだと気づいた火月は「あぁ、わかった」

と手短に返事をする。


「それよりも、お前に聞きたいことがあるんだ」


男が足元にいる黒い鶏の頭部を右手で掴むと、こちらに見せてくる。


「ちょっと! いきなり何すんのよ!」


鶏の抗議を無視しながら、男が話を続ける。


「こいつみたいな怪物を見たことはないかぁ? 喋る鶏の怪物だ」


男の鋭い眼光が火月を捉える。


「喋る怪物……? そんなのが存在するのか?」


「俺も最初は信じられなかったんだが、見ての通りだ」


なるべく平静を装いつつ、相手の情報を引き出す。


「珍しいとは思うが、俺は見たことがないな。

 そもそも何で探しているんだ?」


「色々事情があってなぁ。

 まぁいいさ、情報がないならお前に用はない」


そう言って男がきびすを返そうとした次の瞬間、火月の後方から大きな声が聞こえる。


「火月よ、全くお主はいつもいつも一人で突っ走りすぎじゃ! 

 もう少し周りをよく見てから動け!」


息を切らせながらねぎしおが走り寄ってきた。


まるでタイミングを見計らったかのような登場に、

思わず額に手を当てる。


完全にこちらを振り返っていた男は、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。

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