第219話 已己巳己

怪物の身体から白い光が漏れ出し、

完全に動かなくなっていることを察した火月は一度頭の中を整理する。


このコロシアムのような場所は壁面と天井が砂岩で覆われており、

火月達が歩いてきた道だけが唯一コロシアムへ通じる経路のはずだ。


ただ、火月達はコロシアムを最初に離れてから

一度も他の誰かとすれ違っていない。


以上のことから、今の状況で考えられることは二つに絞られる。


一つ目はコロシアムの出入り口が複数存在し、

火月達が通った経路以外の経路を使い、他の修復者が怪物と対峙したケースだ。


ぱっと見た感じだと確かに出入り口は一つしかないように見えるが、

実は隠し通路のようなものが存在しているのかもしれない。

だとすれば、火月達と出会うことなく怪物を始末することも可能だろう。


二つ目は懐中時計の能力を使って火月達にバレずに怪物と対峙したケースだ。


今回の扉は傷有り紅二の扉である。

故にこの異界には、もう一人修復者が入れるわけで

その修復者の懐中時計の能力が、例えばステルス性の高い能力だった場合、

火月達とすれ違っていてもその相手に気づくのは至難のわざだ。


全ての修復者が友好的であったり、協力的であるわけではない。

誰とも関わらず単独で仕事をこなしている人も一定数いるはずだ。


それに誰かと人間関係を築くという行為は、

メリットが多いように見えて実は同じくらいデメリットも多いものだ。


メリットとデメリットを天秤にかけて、メリットの方が多い判断した時に

ようやく、関係を構築するスタートラインに立てる。


もちろん、全ての大人が損得勘定の考え方をしているわけではないと思うが、

多くの人が無意識下でやっていることなのは間違いないだろう。


なので、そういった面倒な人間関係を嫌がって

誰とも関わらないようにしている修復者が今回怪物を始末したのだとするならば、

今の状況も納得できる。


いずれのパターンだったとしても、あの短時間で怪物を始末したのだ。

かなり実力のある修復者なのは間違いないだろう。


そんなことを考えながらコロシアムの中心を眺めていると、

怪物の死体の影で何かが動くのを目にする。



『まさか……』



植物の怪物の記憶が想起された火月は、

まだ怪物が始末し切れていないのではないかと思い、

急いで怪物の死体へ向かって走り出す。


「火月よ、突然どうしたのじゃ?」


「まだ怪物が生きてるかもしれない! お前はそこで待っていろ!」


一瞬しか見えなかったが、おそらく身体はかなり小さい方だろう。

生まれ変わりのような性質をもつ怪物なら、今の内に始末するのが最善の一手だ。


もう、油断はしない。


完全に怪物が消えるのを見届けるまでは

自分の仕事を終わらせるわけにはいかないのだ。


コロシアムの中心まで一気に近づいた火月は、

腰の短剣を引き抜くと同時に時計の能力を発動させる。


怪物の死体を飛び越えると、

黒い影のようなものがモゾモゾと動いている姿が視界に映った。


『まだ気づかれていないようだな、なら……』


両手で短剣を握りしめ、自由落下の勢いに任せて短剣を振り下ろそうとした火月は、その直前になって後ろを振り向いた黒い影と視線が交錯する。


『何でお前がここにいるんだ……?』


目の前で起きた出来事に理解が追いつかず、

一瞬思考が停止する。


怪物だと思っていた小さい影の正体は、ねぎしおと瓜二つの黒い鶏の姿をしていた。

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