第218話 砂漠

「とりあえず、必要な情報は手に入ったし、そろそろ撤収するぞ」


ひびの入った柱に身を隠しながら、小さい声でねぎしおに話しかける。


「うむ、異論はない」


十メートルほど前方にいる巨大なサソリの怪物の様子をうかがう。

どうやら、完全に自分たちの居場所を見失っているようだ。


今回、火月達が辿り着いた異界は視界一面が砂の海で囲まれた場所だった。


怪物の気配を頼りに異界を散策していたところ、

砂岩で作られた宮殿を彷彿とさせる建造物を見つけることができ、

その地下のコロシアムのような場所で怪物と対峙することとなった。


体長は約六メートルといったところで、

身体は全身がワインレッド一色に染められている。


基本的な構造は実界に存在するサソリと同じものと思われるが、

何より目を引くのは左腕の巨大なハサミだった。


右腕のハサミの三倍はありそうで、

火月と対峙した時には主にそのハサミを使って攻撃を仕掛けてきた。


あのハサミに捕まったら一巻の終わりなのは誰が見ても明らかだったので、

なるべく距離をとって情報を集めていた火月は、

サソリの動作が思っていた以上に遅いことに気づく。


なので、相手の攻撃をかわしつつ、

怪物の攻撃パターンの情報をある程度集めることができた火月は、

そろそろ実界へ戻ろうと考えていた。


柱から柱へ移動し、怪物に気づかれることなくコロシアムの外へ出る。

あとはこの宮殿の中を抜ければ、ひとまず大丈夫だろう。


「今回の仕事は思った以上にスムーズじゃったな。

 まぁ、お主が怪物を始末できないのは相変わらずじゃが」


隣をちょこちょこと歩くねぎしおが話しかけてくる。


「適材適所ってやつだ。

 アイツを始末するのは俺の役目じゃない……というより、俺にはできない仕事だ」


宮殿の内部構造を思い出しつつ、返事をする。


たまには頑張ってみたらどうじゃ?

 もしかしたら、勝てるかもしれぬぞ。

 何事もやる前から諦めるのは良くないと思うがのぅ」


「そこまでのリスクをとってまでやる仕事じゃないさ。

 だが、少しでも勝算があると思ったら俺だって攻めに出ることもある……

 それこそ、お前に出会った時とかな」


「弱き者を蹂躙じゅうりんするなんて、鬼畜の所業じゃぞ」


「冷静な状況分析結果に基づく、戦略的行動と言ってくれ」


お互いに言いたいことを言い合いながら宮殿の中を進んでいると、

突如後方から地響きと共に大きな衝撃音が聞こえる。


その場で立ち止まった火月は、後ろを振り返ると音の発生源を推測する。


おそらく、コロシアムがあった方角なのは間違いないだろう。

もしかして、自分たちが逃げていることに気づいたのだろうか。


このまま出口へ向かって逃げるべきか、

それとも一度コロシアムへ戻って怪物の様子を確認すべきか……

判断に迷うところではあったが、結局コロシアムへ戻ることに決めた。


というのも、まだ時計の能力を発動していなかったので

万が一の対策は十分だと思っていたし、

何より怪物の新たな攻撃パターンが見れるなら、

やはり自分の目で確認しておきたかったからだ。


「またあの場所へ戻るのか? お主もよくやるのぅ」


「自分の仕事には、それなりにプライドをもってやってるからな。

 それに怪物に関する情報が多ければ多いほど、他の修復者の負担も減るはずだ。

 別に無理に付き合う必要はないから先に戻っててもいいぞ?」


「このまま一人で帰る方がむしろ危険じゃ。

 なんせ異界は何が起きるか分からない場所なんじゃろう?」


「ああ、よくわかってるじゃないか」


そう言い終えた火月は、ねぎしおと一緒に再びコロシアムの方へ引き返すと、

目の前に広がる光景に思わず息を呑む。


「これは……一体何が起きたのじゃ?」


そこには、

一刀両断されたサソリの怪物がコロシアムの中心で静かに横たわっていた。

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