第207話 時機

ドアを開けてホールから遠ざかっていく伊紗いすずの足音を聞き取った茜は、

ほっと胸を撫で下ろす。


正直、視界が見えない状況では自分の身を守るので精一杯だった。

とにかく今は焦らず、生き残ることが最優先事項なのは間違いないだろう。


心を落ち着かせて、一度頭の中をクリアにする。

霧に覆われたこの場所で戦闘を続けても、勝ち目があるとは思えなかった。


ただ、霧が晴れるのを悠長に待ってる時間は残されていない……

だからこそ、場所を変える必要があった。


ホール全体を覆っていた濃い霧は、

ある一点に向かって吸い込まれるように移動を始めており、

その場所こそ伊紗が出ていった廊下に繋がるドアだと理解する。


『とりあえず、あそこを目指せばいいわけね』


自分の目的地がはっきりした茜は、

足元から地面が揺れる音を聞き取ると、そのまま横に向かってジャンプする。


直後、茜の立っていた場所へ地面から鋭い角が突き出た。

角は直ぐに地中へ潜っていき、再度茜の立っている場所を目掛けて突き出る。


攻撃パターンは至って単調だったが、ただ避けることしかできなかった。


というのも、こちらが反撃できるほど怪物が身体を地表に出していなかったし、

何より自分の攻撃が当たらなかった時に生まれる隙は

格好の的になってしまうので、確実に攻撃が通るタイミングを狙いたかったからだ。


怪物の角攻撃はどんどんスピードを上げて茜に迫って来る。

流石に全部を避けるのは難しいと判断し、

手に持ったレイピアで何とか攻撃をいなす。


角とレイピアが激しくぶつかり合い、オレンジ色の火花が飛び散った。


『このままじゃ何時まで経っても埒が明かない……。

 いや、時間制限のある私の方が不利かな』


時計の能力の制限時間も残り五分を切ったので、

そろそろ移動を始めなければならない。


きっと伊紗なら、もう別館に辿り着いているはずだ。


瞬時に決断を下し、二階のドアがある方へ向かって走り出した茜は、

その直ぐ後ろを怪物が追いかけて来ていることに気づく。


「追いかけっこ勝負ってことね、

 私が追いつかれるのが先か、はたまた逃げ切るのが先か、勝負と行こうじゃない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る