第208話 画竜点睛を欠く

空中回廊に辿り着いた伊紗いすずは、

その奥に両開きの大きな扉があることに気づく。


紋章のような模様が描かれているその扉は、少しだけ開いているようで、

おそらく別館内部へと続いているのだろう。


先に行って中の様子を確認することが今の自分に任された役目だ。

そんなことは、頭では十分理解している。


だが、どうしてもその一歩を踏み出すことができなかった。


後ろを振り返り、先ほどまで走ってきた廊下を見つめる。

やはり、自分も茜ちゃんと一緒にあの場に残って戦うべきだったのではないか……

そんな後悔の念が押し寄せていた。


すると突然、伊紗が出てきた扉を突き破り、

何かが物凄い勢いで廊下を突き進んでくるではないか。


最初はよくわからなかったが、予め窓を割っておいたので霧が薄くなり、

その接近してきている物体が大きな背びれであることに気づく。


見間違うはずはない、あの地面に潜る怪物だ。


じゃあ、茜ちゃんは……一抹の不安を覚えた伊紗は直ぐに戦闘態勢に入る。

三本の矢を弓に構え、こちらに到着する前に先制攻撃を仕掛けようと思ったのだ。


「伊紗! その攻撃、ちょっとだけ待ってもらえる?」


何処からともなく茜ちゃんの叫ぶ声が聞こえる。

一体何処からこちらの様子を観察しているのだろうか……と周りを見渡すが、

その姿を見つけることができない。


「前だよ! 前!」


茜ちゃんの声を頼りに、向かって来る怪物の背びれを凝視した。

すると、背びれの後ろに薄っすらと人影のようなものが見えた。


だんだんと距離が近づくにつれて、その全貌が明らかになってくる。


地面を泳ぐ怪物の背中にレイピアを突き刺し、

半ば強引な体勢でしがみついている茜ちゃんが視界に映った。


怪物が何度か壁に身体をぶつけて突き進む姿は、

まるで彼女を振り落とそうとしているようにも見える。


空中回廊の方へ後退した伊紗は、

怪物がここまでやって来る瞬間に攻撃を仕掛けることにした。


暴れ回っている状態の怪物がほどなくして回廊までやってくると、

そのまま勢いよく地表から飛び出る。


「頭部と腹部の間を狙って! レイピアを突き刺した跡があるはずだよ!」


怪物の背中にしがみついている茜ちゃんから指示を受けた伊紗は、

傷跡の場所を両目で確認すると三本の矢を解き放った。


ただ一点を目指し矢が真っすぐに飛んでいき、そのまま傷跡へ突き刺さる。

だが、事前情報通り腹部表面の皮膚が硬いようで貫通することができない。


「やっぱり、私の攻撃じゃ弱点には届かないよ!」


矢の勢いが次第に衰えていくのを感じた伊紗は、茜に向かって叫ぶ。


「大丈夫、そのために私がいるんだから!」


そう言い終えると、両手でレイピアを握りしめた茜ちゃんが

怪物の背中へレイピアを深々と刺しこんでいく。


ここにきてようやく、彼女がやろうとしていることを理解する。


弱点に近い腹部の皮膚が硬いのなら、

比較的柔らかい背中から攻めようと考えたのだろう。


だが、その攻撃も確実な一手とは言えない。

だから、私にも反対側からの攻撃を頼んだのだ。


両方向からの攻めなら上手く行くかもしれない……きっとそういう算段のはずだ。


早く攻撃が通ることを祈りながら上空の様子を見守っていた伊紗は、

怪物が口の中で何か塊のようなものを生成し始めていることに気づく。


どうやら、この状況でも攻撃を仕掛けようとしているらしい。


「伊紗、こいつまだ何かするつもりみたい。

 とにかく注意して!」


「うん、わかった!」


返事をすると同時に怪物が黒い液体の塊のようなものを、

伊紗に向かって吐き出してきた。


リロード時間がまだ終わっていないので、矢を放って攻撃を防ぐことはできない。

しかし、怪物の放った攻撃は思った以上にスピードが遅かったため、

後方へ大きくジャンプした伊紗は攻撃を回避することに成功する。


「大した攻撃じゃなかったから大丈夫だよ!」


茜ちゃんを心配させないように大きな声で叫ぶ……が、

前方に着弾した黒い塊に違和感を覚える。


液体の塊なら、そのまま地面に着弾した時点で弾けるはずだ。

でも、黒い塊は地面着弾した今もその場でプリンのようにプヨプヨと揺れており、

丸い形を維持していた。


「伊紗、怪物の攻撃は終わってないよ!」


茜ちゃんの声が聞こえると同時に、黒い塊が一瞬でオレンジ色に変色する。

それはまるで急に熱を帯びた鉄のように見えた。


『まさか――――――』


気づいた時にはもう遅かった。


黒い塊の爆発に巻き込まれた伊紗は、

そのまま勢いよく回廊の壁面に吹き飛ばされる。


頭を強く打ったのだろうか……壁に背中を預けるような形で床に倒れ込み、

意識が朦朧もうろうとしてくる。


『まだ戦わないと……』


全身がズキズキと痛み、直ぐに立ち上がることができないと判断した伊紗は

床を這うようにして移動を試みる。


茜ちゃんが何か叫んでいるような気がしたが、

もう聞き取れない状況におちいっていた。


次第に視界が霞んでいき、伊紗の意識は完全に途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る