第206話 適材適所

伊紗いすず、大丈夫?」


真っ白な世界が眼前に広がる中、茜ちゃんの声だけが一階から聞こえてきた。


「うん、私は大丈夫。

 だけど、この状況じゃ……」


いくら伊紗の弓が正確無比の射撃性能を誇っていても、

対象を視認できない以上狙いをつけるのは難しいだろう。


今までの戦闘状況から、

闇雲に矢を放って当たるような相手じゃないのは重々理解しているつもりだ。


故に、茜ちゃんを後方支援するのは難しく、

むしろ自分が今怪物に襲われたら

間違いなく足手まといになってしまうのは火を見るよりも明らかだった。


「このままここで戦うのはちょっと分が悪いかな。

 ただの目くらましならいいんだけど……。

 そういえば、二階には別館みたいな建物に繋がる空中回廊があったはずだよね?」


「うん、私の直ぐ後ろにドアがあるから、そのまま廊下を進めば着くと思う」


「オッケー、じゃあドアを開けたら一気に廊下を駆け抜けて欲しいな。

 できれば空中回廊も通って別館で仕切り直そう」


「茜ちゃんはどうするの?」


「私はひとまずここで怪物の相手をするよ。

 視界が悪くても、音があれば戦闘に支障はないからさ。

 でも、この霧が身体にどんな影響を与えるかわからない以上、

 あんまり吸い込みたくないね。

 だから、先に行っててほしいな」


「わかった、気をつけてね」


悩んでいる暇はなかった。

彼女を信頼しているからこそ、伊紗はドアを開けて即座に廊下へ飛び出す。


ホールに立ち込めていた霧が一気に廊下へ流れ込んできた。

同時に一階からガラスが割れるような大きい音が聞こえる。


怪物が攻撃を仕掛けてきたのだろうか……

茜ちゃんの様子が気になり、一瞬足が止まる。


だが、異界での扉の修復は一分一秒の判断が命取りになる……

と以前彼女が言っていたのを思い出した伊紗は、

そのまま先を進む霧を追いかけるように駆け出した。


先ほどの音をヒントに何かを思いついた伊紗は、

弓を構え、廊下一面に広がる窓へ向かって三本の矢を放った。


窓ガラスが割れて霧が外へ抜けていく。


『これで、少しは霧が晴れてくれるといいんだけど……』


気休め程度かもしれないが、何もしないよりはマシだろう。

窓ガラスを破壊しつつ、空中回廊へ向かう伊紗だった。

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