第205話 迷霧

『……っ!』


思った以上に皮膚が硬く、

自分の攻撃が心臓まで届かなかったことを瞬時に理解した茜は

一度怪物との距離を開けようとする……が、

相手もやられっぱなしではなかった。


上空で身体をひねると、

一メートルはありそうな大きな尾びれで茜に攻撃を仕掛けてきた。


『この状況での回避は難しいかな』


腕を上げ、空中で防御の体勢をとると怪物の攻撃に備える。

すると、尾びれが目の前にぶつかる既所すんでのところで茜の後方から三本の矢が飛んできた。


矢は三本とも尾びれの一点を目掛けて突き刺さり、

怪物の攻撃モーションを強制的に中断させていた。


怪物が大きな咆哮を上げると再び地面に潜っていく。

同時に茜も地面に着地すると二階にいる伊紗いすず一瞥いちべつした。


「茜ちゃん、大丈夫?」


伊紗の心配そうな声が聞こえてきた。


「おかげで助かったよ!ありがとう」


「それなら良かった。

 でも今の一撃で倒れないってことは、

 まだ相手の心臓に攻撃が届いていないってことだよね?」


「うん、心臓の位置は分かったんだけど、想像以上に表面の皮膚が硬くてね。

 伊紗の攻撃が何度も通ってるようだったから、

 全身が柔らかいのかなって思ってたんだけど、

 弱点箇所はそう簡単に攻撃を通させてくれないみたい」


伊紗の時計の能力は、一時的な命中率の向上である。


あまり運動が得意ではない伊紗が

何故弓の武器を扱うことになったのかは未だにわからないが、

この能力があって初めて扱える代物だった。


伊紗の目で目標を捉え、そのまま弓を射るとその目線に沿って矢が飛んでいく。

それはどんな体勢であっても必ず命中する、

謂わばホーミング性能付きの攻撃だった。


また、一度に複数の矢を扱える弓というのも特徴的で、

その数は最大三本を上限に自由に変更可能だ。


しかし、そんな万能に見える能力にも弱点はある。


それは能力を発動中は連射ができないという事と、

あまり攻撃力が高くないという事だ。


三本の矢を放った後は十秒の待ち時間が発生する。


一本の矢を放った後に二本の矢を同時に放ったり、

一度に三本の矢を放ったりできる多彩な攻撃方法は魅力的だが、

トータルで三本の矢の攻撃が終わると、

強制的に十秒のリロードが入る……そんなイメージだ。


また、一見勢いがあるように見える攻撃は、

実はそこまで怪物にダメージを与えるものではない。


もちろん、相手によって攻撃の通りやすさみたいなものはあるのだが、

今まで一度も伊紗の攻撃で怪物を仕留めた実績がないことから、

どちらかと言えば支援型の武器及び能力と言えるだろう。


今回の怪物に関しては何度も矢が突き刺さっており、

通りが良いような気がしたので、茜も皮膚が柔らかいと踏んでの一撃だった。


「それじゃあ、やっぱり私は茜ちゃんのサポートに回るね。

 三本同時なら尾びれの攻撃を防げるみたいだから、

 今度は私を信じてそのまま攻撃を続けて欲しいな」


「おっ、頼もしいこと言ってくれるようになったじゃん! 

 それじゃあお言葉に甘えさせてもらおーっと」


そう言い終えると、

少し離れた地面から怪物が頭部を出して、

こちらの様子をうかがっていることに気づく。


どうやら先ほどの奇襲攻撃はしてこないらしい。


「さっきはちょっとびっくりしたけど、今度はこっちから行かせてもらうよ」


レイピアを構えて怪物のいる方へ向かって走り出した茜は、

あと少しという距離まで近づいたところで足を止める。


それは単に怪物が地面へ潜って身を隠したからではない……

怪物が見たことのない行動を取り始めたからだ。


頭部と背びれの間付近から白い煙のようなものが勢いよく吹き出すと、

ホール全体があっという間に濃い霧に包まれたのだった。

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