第204話 俯仰之間

だだっ広い玄関ホールの中心へ向かって茜ちゃんが独り歩いていく姿を

二階から眺める。


怪物との戦闘が激しくなるのは目に見えていたので、

私は後方支援に徹するつもりだ。


常識的に考えれば一階で二人一緒に戦った方が安全なのかもしれないが、

彼女の場合は、むしろ私が近くにいない方がいい。


それは単に実力不足による足手まといになってしまうから……

という理由だけではない。


ホール全体を見渡すことができる位置へ辿り着いた茜ちゃんが

静かにその場で立ち止まると、俯き加減になる。


右手に握ったレイピアをと垂らすその様は、

まるで全身の力を抜いてリラックスしているかのようだった。


建物の中は静寂に包まれており

それこそ、先ほどまでの戦闘が無かったのではないかと思えるほどだ。


もしかしたら、怪物はこの場からとっくに姿を消しているんじゃないか……

と疑い始めた次の瞬間、

大きな音と共に茜ちゃんが立っていた場所の真下から

怪物が大きな口を上げて飛び上がる。


ほとんど予兆は無かった。

一瞬でけりをつけにきたのだろう……。


並みの修復者なら今頃怪物の胃袋の中に納まっているのだろうが、

茜ちゃんは違う。


怪物が下から来るのが事前に分かっていたかのように、

咄嗟とっさのサイドステップで攻撃をかわすと、

そのまま空中に飛び上がっている怪物へ向かって大きくジャンプしていた。


茜ちゃんの時計の能力、それは一時的な聴力の向上だ。


相手の息遣いから、僅かな地面の振動まで鋭敏に感じ取ることができるので、

今回のよう地上から姿を隠す相手でも

地面から飛び出す一瞬の振動を聞き分けて、

攻撃を回避することができるのだ。


そして、その能力はただ回避に使われるものではない。


聴力の向上によって怪物の心音も聞き分けることができるようになるため、

心臓がある相手にはその弱点を一気に見破ることができる。


故に私が近くにいたらノイズとなってしまう可能性が高いので、

後方支援に回るのが暗黙の了解となっていた。


今回、怪物が茜ちゃんを一撃で始末しようとしたのと同じように、

茜ちゃんもまた怪物を一撃で仕留めようとしていた。


怪物の心音を感じ取った茜は、そのまま怪物の頭部と腹部の間に狙いをつけて、

右手で握ったレイピアを勢いよく突き刺したのだった。

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