第203話 バディ

「……すず、……伊紗いすず!」


茜ちゃんが自分に向かって叫んでいることに気づき正面を向く。

すると、巨大な背びれがこちらに向かってきていた。


その姿は海の中を泳ぐサメやシャチを彷彿とさせる。

しかし、ここは海ではなく西洋館風の建物の中だった。


つまり今回の相手は床の下、地面の中を泳ぐ怪物ということになる。

ほんの数分前に戦闘が始まったばかりなので、

まだ相手の攻撃パターンは把握できていなかったが、

茜ちゃんが前衛を、私が後衛を務めるのがいつもの流れだった。


ついさっきまでは茜ちゃんがターゲット取ってくれていたので、

後ろから確実に矢を放っていたのだが、

どうやら怪物は私を先に始末した方がいいと判断したようだ。


目前まで怪物が迫ってきたと思ったら、

地面から勢いよく飛び出し、その姿を露わにする。


全長は三メートルといったところだろうか。

見た目は完全にシャチなのだが、その頭部の先端には鋭い角が生えており、

あれで刺されたら間違いなく致命傷になるだろう。


自分がいる場所を目掛けて落ちて来る怪物を見上げた伊紗は、

後方に大きくジャンプすると、そのまま空中で弓を構える。


狙いを定めで一本目の矢を放つと、そのまま怪物の腹部に突き刺さった。


普通の弓ならこれで攻撃が終わりになるのだろうが、

伊紗の攻撃はまだ終わっていなかった。


間髪入れずに二本の矢を同時に出現させると、

今度は弓を横向きに構えて、そのまま勢いよく放つ。

二本の矢は怪物を目掛けてそれぞれ右サイド、左サイドから突き刺さった。


計三本の矢が身体に刺さった怪物は、

身体をよじらせて何とも形容し難い悲鳴のようなものを上げると

そのまま地面に姿を消した。


「ボーっとしてる暇なんてないよ、どこか怪我でもした?」


こちらに駆け寄って来た茜ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「ごめんごめん、ちょっと考え事してた。

 ちゃんと集中するからもう大丈夫だよ」


「ならいいけどさ」


そう言って、怪物が潜った地面を睨む茜ちゃんの横顔は真剣そのもので、

やっぱり頼りになるなぁと再認識する。


高校の卒業と同時に施設を出た伊紗は、

保育士になるために地元の短大へ進学することが決まっていた。


茜ちゃんは一人暮らしをするつもりだったらしいのだが、

彼女に一緒に部屋を借りて暮らした方が生活費を抑えられる

との話を持ち掛け、共同生活をする運びとなった。


基本的に当番制で自炊することが多いので、

外食する人と比べたら食費はかなり抑えられている方だろう。


また、家賃・水道代・光熱費等も全て折半の為、

一人では高くて手が出せないような物件に住むことができるのも

大きなメリットの一つだった。


とはいえ、生活に余裕があるわけではないので、

お互いアルバイトをしてお金を稼ぐ必要はある。


高校の頃とは違い、お小遣い稼ぎ感覚ではなく、

生活をするためにバイトをしながら大学に通うのは想像以上に大変だったが、

同時に大きな満足感を得ることができていたので

伊紗はこの生活が本当に楽しかった。


そして、そんな生活を送っていた伊紗に

新たな働き口を紹介してくれたのが茜ちゃんだった。


最初は修復者とか異界とか扉の修復とか、

意味の分からないことを言い始めたので、

疲労で頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、

水樹さんという女性に会い

初めて茜ちゃんと一緒に扉の修復をした時の記憶は今でも忘れられない。


自分たちの好きなタイミングで活動できるのは、

日々多忙を極める伊紗たちにとって有難い働き方だった。


もちろん、修復者の仕事をしなくても

問題なく日常生活を送れるくらいの稼ぎはあったのだが、

二人はどうしてもお金が必要だった。


それは、単に生活水準を上げたいという理由ではなく、

自分たちがお世話になった施設への恩返しをしたかったからだ。


成川先生に直接お金を渡しても、

受け取ってもらえないのは目に見えていたので、

二人で相談した結果、

ランドセルや日用品など日々生活をする上で必要なものを

匿名でこっそり寄付することにした。


自分たちが今こうして独り立ちできたのは、

間違いなく施設にいた人たちのおかけだ。


伊紗が保育士を目指そうと思ったのも、施設での生活があってこそのものだった。

だから、二人は今日もお金を稼ぐために扉の修復に来ていた。


「伊紗、私の背中は任せたからね」


レイピアのような得物を構えた茜ちゃんが目配せをしてくる。


正面階段の踊り場の壁に埋め込まれたステンドグラスから月の光が差し込み、

その長春ちょうしゅん色の刀身がキラキラと輝いていた。

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