第200話 見解

私が学校の中で一番心が落ち着く場所、それは図書室である。


理由は単純で、ほとんど人がいないため一人の時間を満喫できるからだ。

なので、昼休みになると必ず図書室に行くのが私の日課になっていた。


普段通りなら時間いっぱいまで好きな本を読んで過ごすのだが、

今日は図書委員の仕事があったので

返却された本を書棚に戻す作業を黙々と進めていると、

図書室のドアが開く音が聞こえた。


ここ一ヶ月、昼休みに自分以外の人間が図書室に入ってきたことがなかったので、

思わず息を潜める。


書棚に身を隠し、少しだけ顔を出して入口の方を覗いてみると、

そこには内空閑うちくが あかねが立っていた。


何やら周りをキョロキョロと見渡しており、誰かを探しているような様子だった。

その直ぐ後ろから、二人の男女が図書室に入ってくる。


「内空閑さん、早く校庭に行かないと昼休み終わっちゃうよ」


同じクラスの女子生徒が息を切らしながら話しかける。

どうやら廊下を走って追いかけてきたらしい。


「ごめん!どうしても誘いたい子がいたから

 図書室にいるかなーって思ってたんだけど、当てが外れちゃったみたい」


両手を合わせて謝る彼女に対し、男子生徒が質問をする。


「誘いたい子って誰のこと?

 いつものメンバーならもう揃ってると思うけど」


「うーん、実は久城さんを誘おうと思ったんだ。

 二人とも同じクラスだから知ってるでしょ?」


そう茜が返事をすると、二人は顔を合わせて困ったような表情をしていた。


「もちろん知ってるけど、久城さんは誘わなくていいんじゃない?

 あんまり外で遊ぶタイプじゃないだろうし……」


「私もそう思う。

 それに久城さん、

 あんまり良い噂を聞かないから内空閑さんも関わらない方がいいと思うよ?」


二人の返答に対し、何か考えるポーズを取っていた茜は

「良い噂?」と聞き返していた。


「うん、内空閑さんは転校してきたばかりだから知らないかもしれないけど、

 久城さんって児童養護施設に入っているみたいなの。

 きっと家庭の事情なんだろうけど、

 やっぱり何かしら問題があるから施設に入ってるんじゃないかな。

 うちの親からも、そういう人たちとは関わらない方が良いって言われたし……」


「それ、俺も聞いたことある。

 それに久城さんっていつも一人で本読んでるし、

 何考えてるかわからないんだよな~」


書棚に隠れて三人の会話を盗み聞きしていた伊紗は、

ギュッと胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


男子生徒、女子生徒それぞれの指摘はもっともだった。

私は普通の家庭で育った人間ではない。

だから、周りの子が自分を避けるのはごく自然なことだ。


それに人と会話をするよりも、

本を読んでいる時間の方が長いのだから

周囲から気味悪がられるのも当然の結果だろう。


普通じゃないもの、自分と違うものは排除する……

私の学校の中ではごく当たり前の考え方だ。


幸いなことに、

内空閑 茜はまだ施設で生活していることが周囲にバレていないらしい。


人の口に戸は立てられないので、

いつかは彼女の家庭のことも噂になるのかもしれないが、

それはその時本人が向き合う問題だ。


少なくとも今はこの状況を穏便にやり過ごすのがベストなのは

誰が見ても明らかだった。


だから、内空閑 茜から発せられた次の言葉を聞いて、伊紗は愕然がくぜんとした。


「そっかー、じゃあ私も二人とは仲良くなれないみたいだね」


そうあっさりと返答する彼女は微笑を浮かべていた。


「えっ……、それってどういう意味?」


「まさか内空閑さんも?」


二人が驚いた様子で茜を見ると、

彼女は何のためらいもなく「うん、私も児童養護施設で生活してるんだ」

と答えていた。


呆気にとられていた二人に対し、今度は茜の方が質問する側に回っていた。


「素朴な疑問なんだけど、どうして施設に入っている人とは関わったらいけないの?

 確かに、何かしら事情があって施設に入っているのは間違いないだろうね。

 あなたのご両親がどれほど聡明な方なのかは分からないけど、

 あなたは自分の親が言ってたから施設の子とは関わらないの?

 なら、私とは考え方が違うかなー。

 私は自分の目で見たもの、感じたことしか信じないからさ。

 偉い人が言ってたからとか、親が言ってたからとか、先生が言ってたからとか

 そんな訳の分からない理由で自分の行動を決めたくはないかな。

 それに、大人の言うことが常に正しいと思っているのなら、

 その考えは止めておいた方が良いよ」


まくし立てるように彼女が言い終えると、一呼吸おいて話を続ける。


「あと、久城さんが何考えてるか分からないって言ってたけどさ

 じゃあ、君は久城さんのことを知ろうと何か行動を起こしていたのかな?

 相手のことを知る努力もしていないのに、

 勝手なイメージを押し付ける行為の方がよっぽど失礼だと思うけどね。

 それに私は久城さんと同じ部屋で一緒に暮らしているけど、

 ここ一ヶ月で分かったことがいっぱいあるよ。

 誰よりも朝早く起きて花壇に水を上げてたり、

 施設の先生が皆の朝ご飯を作るのを手伝ったりとかさ、

 別に誰かに頼まれたことじゃないけど、

 よく周りを見て出来ることを探して動いてる。

 自分のことより他の人を最優先に考える人なんだなぁって私は思ったよ。

 今の話を聞いても、久城さんってよくわからない人だと思う?」


茜の発言に対し、二人の生徒は何も言い返すことができなかった。


「私も別に二人と喧嘩したいわけじゃないんだ。

 だけど、皆が施設の子と関わりたくないっていうのなら、

 私にはどうすることもできないからさ。受け入れるよ」


どのくらい時間が経ったのかはわからないが、

茜を追いかけてきた二人が図書室を出ていく姿を確認した伊紗は、

今まで感じたことのない感情が沸々と湧いているのを感じていた。

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