第195話 転校生

私が内空閑うちくが あかねという人間に初めて出会ったのは、

小学六年の夏休み明けだった。


始業式ということもあり、

クラスの中はいつも以上に活気づいていた気がする。


久々に同級生と顔を合わせ、お互いに何処へ旅行に行ったとか、

どんな経験をしたかなどを楽しそうに話すクラスメイトを横目に、

私は自席で一人本を読んでいた。


別に孤立していたわけではない。

隣の席の子と、ちょっとした雑談は既に済んでいた。

ただ、思った以上に話すことがなかったのだ。


何処か遠くへ旅行に行ったわけでもないし、珍しい経験をしたわけでもない。

強いて言うなら、毎日を必死に過ごしていた……それだけの話だ。


私との会話が想像していたよりもつまらなかったのか、

隣の席の子は別の席へ移動し、他のクラスメイトと会話を楽しんでいるようだった。


正直なところ、人と話をするのは苦手だし、

どちらかと言えば一人で本を読んでいる方が好きなので今に至る。


別に昔から本が好きだったという訳ではない。

たまたま図書室で借りた本が面白かったのが最初のきっかけだった。


本という娯楽は自分を色んな場所へいざなってくれる。

それは現在、過去、未来の時間軸を超え、時には世界すらも飛び越える。


それに本の世界に没頭することで、余計なことを考えなくて済む点は

一番の魅力と言っても過言ではない。


しかも図書室で本を借りるのにお金がかからない点も

私が本好きになった理由の一つと言える。


本は手軽に未知の体験をさせてくれる夢のようなアイテムなのは間違いない。


ただ、えて不満を上げるとするならば、

一度に借りれる本の数に上限が決まっていることくらいだろう。


この上限は何とか撤廃してもらいたいと常日頃から切望しているのだが、

私と同じ意見の同級生が多数いるとは思えないので、

今のルールで我慢するしかないだろうな……と考えていると、

担任の先生が教室に入って来た。


クラスの騒がしい雰囲気が一転し、

色んな場所で雑談をしていたクラスメイト達が急いで自席に戻っていく。


私も読んでいた小説に栞を挟むと、直ぐに机の中へしまった。


夏休みはどうだったかとか、久々に皆に会えて嬉しいだとか、

当たり障りのない話題を皮切りに、

夏休みの宿題の提出期限や今日一日の大まかなスケジュールについて説明があった。


ほとんど興味のない内容だったので右から左に聞き流していると、

最後に先生の口から転校生がいるとの話があった。


名前を呼ばれ、教室に入ってきた一人の女の子は、

教壇の上に立ち、チョークで黒板に自分の名前を書き終えると、

振り返って教室全体を見渡した。


「こんにちは、私の名前は内空閑 茜です!

 宜しくお願いします!」


その張りのある声と快活な表情は、一瞬でクラスの注目を集めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る