第194話 イレギュラー

「それじゃあ、中道君の気持ちが変わらない内に始めちゃおっか」


枕元に置いてある久城の懐中時計を手に取った水樹さんが独りでに呟く。


「始めるって、もしかして――――――」


「うん、中道君の想像通りだよ」


間髪入れずに水樹さんが答えると、

胸ポケットから承和色そがいろの懐中時計を取り出した。


そのまま静かに目を瞑ると、床にローマ数字の文字盤が浮かび上がる。

同時に承和色の懐中時計が白く光り始めたと思ったら、

一瞬でバングルへとその姿を変えた。


幅二センチはありそうなワイド側のバングルは、

シルバー素材がベースとなっているようで、

その中心付近には承和色のペイズリー柄のようなものが刻まれていた。


基本的に修復者の懐中時計は、その持ち主に合った武器へと姿を変えるのだが

水樹さんの場合は武器ではなく装飾品になっていた。


おそらく特殊な分類にはなると思うが、その特異性は見た目に限った話ではない。

というのも彼女の懐中時計の能力は、辿能力だからだ。


より詳しく言うならば、個人の所有物に触れることで、

能力である。


他の修復者と比べると、お世辞にも戦闘向きの能力とは言えないが

彼女の能力は扉を修復する上で、大いに役立つものであることを忘れてはならない。


火月自身、過去に何度かロストした修復者の懐中時計を回収する

ラストペンギンの仕事をやってきたが、

その懐中時計から記憶を読み取り、怪物の情報や扉の情報を共有し、

次の機会に生かすことができるのは水樹さんの能力があってこそだ。


ある意味ファーストペンギンのライバル的な存在とも言えるかもしれない。


ここ数年は火月がファーストペンギンとして情報を集めるようになったので、

水樹さんの能力が発揮される機会は少なくなっていた。


それでも今回のように既に扉がなくなっていて、

かつ修復者本人から情報が得られないような場合には、

彼女の能力の重要度は一気に増すだろう。


ちなみに水樹さんの時計の能力は実界でも問題なく使えるものらしいのだが、

一度能力を使用すると身体にかなりの負担がかかるらしく、

一週間は倦怠感や偏頭痛に悩まされるとのこと。


なので、本当に能力の発動が必要な時にしか使いたくない

と以前言っていた気がする。


「それなら、自分は邪魔にならないようにこの辺で失礼しますね」


そう言って部屋を出ようとした火月は、

バングルを左腕にはめた水樹さんに行く手を阻まれる。


「これからって時に何処へ行くつもり?」


「何処って……家に帰ろうかと。

 水樹さんが情報をサルベージしてくれたら、

 また後日共有してもらおうかと考えていたのですが」


「それじゃあ、二度手間じゃないかな?

 どうせここにいるんだから、

 中道君も一緒に記憶を辿るのが一番だと思うんだよね」


水樹さんが火月を見上げる。


「そんなことができるんですか?」


「あれ、言ってなかったっけ?

 この能力を発動している時に私の左手を握ってくれれば、

 中道君も私が見ている記憶を共有できるんだよ」


「初耳です。

 でも、それなら自分も一緒に見た方が良さそうですね」


「うんうん、伊紗ちゃんには申し訳ないけど、

 やっぱり記憶を辿った方が一番手っ取り早いと思うんだよね。

 それに彼女の言っていたことが真実なら、

 今回の件は早めに動いておいた方が良い気がするの」


水樹さんの言うことは一理あった。

今後も久城が異界で起きた出来事を正確に話せる保証は何処にも無い。


当時の記憶を思い出そうとするたびに、トラウマがフラッシュバックするのなら

やはり無理をさせることはできないだろう。


よって、時計の記憶を辿るのがベストな選択肢と言える。


人の記憶を盗み見るのはあまり気が進まないが、

彼女の依頼を達成するために必要なことだと自分に言い聞かせて腹をくくる。

小さく頷き、水樹さんに目配せをした。


「覚悟が決まったようだね。

 あと、先に言っておくんだけど、情報酔いには気をつけるように!」


言っている意味が良くわからなかったが、

差し出された左手を右手でしっかりと握る。


水樹さんが再び目を瞑ると、バングルへ意識を集中させているようだった。

周りの空気がしんと静まり返るのを肌で感じる。


バングルがうっすらと光始めると、

それに呼応するかのように右手に持っていた久城の懐中時計が白く点滅を繰り返す。


ほどなくして視界が一瞬で真っ暗になり、

テレビの電源が切れるかのようにプツンと意識が飛んだ。

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