第193話 心の傷

彼女の相談内容は、とある人物の捜索依頼だった。

何でも、親友の内空閑うちくが あかねかたきであり、

どうしてもその人物に聞かなければならないことがあるそうだ。


水樹さんの方へ視線を向けると彼女も同じ心境だったのか、

要領を得ないといった表情をしていた。


「伊紗ちゃん、いくつか確認させて欲しいんだけど、

 まず二人で扉の修復に行って怪物と戦闘になったのは間違いないかな?」


彼女が水樹さんの方を見てコクリと頷く。


「ありがとう。それじゃあ次の質問なんだけど、

 茜ちゃんはその怪物と戦っている最中に

 伊紗ちゃんの目の前でロストしたって認識で合ってるかな?

 思い出したくない記憶かもしれないけど、どうしても確認しておきたいんだ」


水樹さんの質問に対し、彼女が首を横に振る。

その反応は火月達が予想していたものとは異なっていた。


「水樹さん……」


「うん、どうやら認識のズレがあったみたいだね。

 てっきりその怪物がロストの原因だと思っていたんだけど、

 今回は伊紗ちゃんの言う人物、第三者が介入しているっぽいね」


「第三者……ですか。

 怪物が一体だけではなくて、実はもう一体潜んでいたとかではないでしょうか? 

 たまたまその怪物が人の形をしていただけとか」


「うーん、その可能性も否定できないけど、

 今まで人の形をした怪物なんて聞いたことが無いんだよね。

 もちろん、今回が初のケースってことも十分考えられるんだけど、

 伊紗ちゃんが教えてくれた内容から察するに、

 意思疎通ができる人物に見えるんだ」


「なるほど……。

 となると、修復者以外の人間か、

 それとも人の形をした意思疎通のできる怪物かの二択になりますかね。

 後者なら、ねぎしおのケースがあるので現実味がありそうですが」


「そうだね。

 いずれにせよ、もう少し詳しい話を聞いてみないことには何とも言えないかな。

 伊紗ちゃん、出来ればその人物について詳しく聞かせてもらっても良い?」


彼女が小さく頷き、ノートにペンを走らせたと思ったら、

その右腕が突然小刻みに震え始める。


左手で右腕を抑えて震えを止めようとしていたが、

結局震えは止まらず、文字を書くのもままならない状態だった。


彼女の方を一瞥いちべつすると顔面蒼白となっており、

その目には恐怖の色が浮かんでいた。


まるでトラウマがフラッシュバックしたかのような症状で、

異変に気付いた水樹さんが直ぐに彼女を抱き寄せる。


「ごめん、無理させちゃったみたいだね。今日はもう休もうか」


子供をあやすかのように背中をゆっくりと撫でながら、

大丈夫、大丈夫と繰り返す水樹さんは、まるで母親のように見えた。


次第に震えが収まり、彼女が目を閉じたのを確認すると、

静かに布団へ寝かしつけた。


ほっとした様子の水樹さんと目が合う。


「……とりあえず、今回の件は根が深そうだね」


「そうですね、今までの扉の修復とは何か違うことが起きているのかもしれません」


「それで、伊紗ちゃんの依頼はどうするつもりなの?

 まだ全容は把握できていない状況だし、

 暗雲が立ち込めているのは間違いないかな。

 少なくとも私の知ってる中道君なら危ない橋は渡らないと思うけどね」


「正直に言うと藪蛇やぶへびな気がしています。

 でも乗り掛かった舟ですし、

 何より毎回水樹さんの想定内に収まるのは癪なので、依頼を受けようと思います」


「なるほどねー、そういうことにしておいてあげよう」


明確な理由はわからないが、

今回の件は自分が関わらなければならない……そう感じていた火月だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る