第192話 際会

第一印象は気弱そうな女性といったところだった。

というのも、目頭よりも目尻の位置が下がっている所謂いわゆる垂れ目が特徴的で、

かつ眉が少し下がっていたからかもしれない。


布団から上半身を起こし水樹さんの方を見ていた彼女は、

ベージュ色のセーターを身にまとっていた。


肩まで伸びた黒髪を二つに結び、前に垂らしているそのおさげのような髪型は、

何となく和服が似合いそうだなと思った。


「伊紗ちゃん、夜遅い時間にごめんね!

 この人が伊紗ちゃんを助けてくれた中道君だよ」


水樹さんの雑な紹介が終わると、彼女と目が合う。


その表情は不安と緊張が入り混じったような、

何とも形容し難いものだった。


小さく会釈をする彼女に対し、

「どうも」と火月が短く挨拶をすると、そのまま水樹さんが話を続けた。


「異界で一度出会っているとは思うんだけど、彼のことは覚えてる?」


水樹さんの質問に対して少し考えている様子だったが、

伏し目がちにゆっくりと首を横に振る。


「やっぱりそうだよね、気を失っていたみたいだし無理ないか。

 二人ともほぼ初対面みたいな感じになっちゃってごめんねー」


水樹さんが両手を合わせて謝罪する。


すると、彼女が布団の近くに置いてあったA4サイズのノートを開き、

右手に握っていたペンを走らせた。


ほどなくしてノートをこちらに見せてきたので、

水樹さんと一緒に内容を確認する。


『こちらこそ、色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 それに中道さんには命を救って頂いたにも関わらず覚えていないなんて、

 どう謝罪したらいいものか……』


ノートから視線を外すと、申し訳なさそうな表情をして彼女がこちらを見ていた。


「いえ、自分が勝手に扉に入っただけなので気にしないで下さい。

 それに私はほとんどお役に立てませんでしたから」


そう言い終えると、枕元に置いてある浅葱色の懐中時計が視界に映った。

時計上部の小さいリングには黄色と白の線が入ったリボンが巻いてある。


そして、その直ぐ隣には緑と白の線が入ったリボンが置いてあった。

おろらく、色違いのリボンなのだろう。


火月の視線に気づいたのか、再び彼女がノートにペンを走らせると、

直ぐに内容を見せてきた。


『あのリボンは私の親友の懐中時計に巻いてあったものなんです。

 色違いのお揃いだったんですけど、

 どうやら時計の方は私が無くしてしまったみたいで……』


彼女の方へ視線を向けると自嘲気味に微笑を浮かべていた。


「そうでしたか。ご友人を見つけられなくて申し訳ないです」


『いえいえ、中道さんには感謝しかないです。

 うろ覚えではありますが、あのまま異界に取り残されていたら、

 間違いなく実界に帰ってくることはできなかったはずですから。

 それに茜ちゃんを救えなかったのは全部私の責任です。

 なので、こうして直接お礼を伝える機会を頂けて

 水樹さんにも本当に感謝しています』


「伊紗ちゃんの調子が戻るまではここにいて大丈夫だからね。

 遠慮なく私を頼って欲しいな」


水樹さんが自信満々に返事をする。


その後も三人で会話を続けていると、

彼女が神妙な面持ちで、ペンを走らせていることに気づいた。


書いた内容を見せるべきか見せないべきか悩んでいるようだったが、

意を決した様子でノートをこちらに向けてきた。


水樹さんもただならぬ彼女の様子に気づいたようで、

こちらに目配せをしてくる。


小さく頷いてノートに書かれた内容に目を通した。


『実はお二人に相談したいことがあるのですが……』


たったそれだけの文がノートの右端に書かれていた。

ただ、彼女の目を見れば、

その一行にどれだけの思いがこもっているのかは容易に想像できた。

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