第191話 消えた音

水樹さんから電話があった翌日、

会社帰りにアタルデセルへ寄った火月は一番手前のカウンター席に座ると、

早速久城伊紗の容態について説明を受けた。


「……失声症しっせいしょうですか?」


隣の座席に座る彼女の方へ顔を向けると、ゆっくりと頷いた。


「うん、順を追って説明するね。

 まず伊紗ちゃんが目を覚ましたのは、

 中道君がお店に連れて来てくれた日から二日後のことだったの。

 目立った外傷が無かったとはいえ、

 念のため検査をした方がいいかなーと思ってね、

 病院に連れて行くことにしたんだ。

 でも、伊紗ちゃんはお医者さんに自分の容態について

 説明することができなかったんだ。

 いくら口を動かしても、声が出なくてね……。

 それでも一応検査はしてもらったんだけど、

 喉に異常も見つからなかったんだよね。

 色々お医者さんに話を聞かれたんだけど、

 やっぱり、本人から直接話を聞けない以上明確な原因はわからないみたい。

 ただ、少なくとも伊紗ちゃんの心理状態が関係しているのは

 間違いないだろうって。

 ちなみに、失声症は過剰なストレスや心的外傷が原因で

 発症する人が多いらしいんだ」


「心因性の病気ってことですよね。となるとやっぱり……」


それ以上彼女は何も言わなかった。

言わずもがな原因は扉が関係しているからだろう。


修復者のロスト……仮にその人が彼女の大切な親友と呼べる存在だったのなら、

目の前で失った悲しみは想像を絶する。


何もできなかった自分への嫌悪感、乃至ないし罪悪感は火月自身、身に覚えがある。

だから、今の彼女の心理状況を考えれば、

失声症はむしろなるべくしてなった結果とも思えた。


「でも、どうしてその話を?

 言ってしまえば自分はただの他人に過ぎないですよ?」


「確かにただの他人かもしれないね。

 でも、同時に同じ修復者でもあると思うんだ。

 何より中道君自身、彼女の容態については気になっていたんじゃないのかな?」


「それは……」


思わず口ごもる火月に対し、水樹さんが軽く微笑むと話を続ける。


「とにかくさ、

 伊紗ちゃんには中道君が助けてくれたってことだけは伝えておきたくてね。

 どうせ伝えるなら本人が目の前にいた方が紹介しやすいと思って

 電話をさせてもらったんだ」


「そういうことでしたか……」


「うんうん、ちなみに今の時間はまだ起きてると思うから、

 少しだけ顔を見て行ってもらえると嬉しいかな」


水樹さんが奥の小部屋がある方へ視線を向ける。


「いきなり見ず知らずの男が来たらびっくりするんじゃないですか?」


「それは大丈夫、もう中道君が来るってことは了承済みだから」


「相変わらず話が早い。要するに、自分に拒否権はないってことですね」


「それは、中道君の捉え方次第かな」


水樹さんがカウンター席から立ち上がると、

そのまま奥の小部屋があるドアの近くまで移動したので後に続く。


「伊紗ちゃん、中道君が来たから部屋に入るね」


ドアをノックしながら水樹さんが声をかけると、

部屋の中でかすかに物音が聞こえたような気がした。

おそらく、入っても大丈夫という合図なのだろう。


彼女がドアを開けて中に入っていくのを確認した火月は、

ゆっくり息を吐いた後に、小部屋へと足を踏み入れたのだった。

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