第189話 指摘

「心ここにあらずって感じですね」


会社の休憩スペースで休んでいた火月に声を掛けてきたのは、

後輩の藤堂だった。


「そんな風に見えたか? 

 まだ正月ボケが抜けていないのかもしれない」


そう返事をすると藤堂がキョトンとした表情になった後で、

いたずらっぽく笑った。


「すみません。中道さんが正月を謳歌おうか……

 いや、正月ボケをするような人に見えなくて」


「思うことがあるならハッキリ言ってくれ。

 まぁ、お察しの通りだがな」


「つまり、お正月も普段と変わりなく過ごしていた……と」


「ノーコメントだ」


「それって、ほとんど正解って言ってるようなものだと思うんですよね」


近くのテーブル席に腰を下ろした藤堂が話を続ける。


「普段通り過ごしていたにも関わらず、

 中道さんが思い悩むようなイベントって、もう限られてくるじゃないですか」


「随分な物言いだな。別に思い悩んでいるつもりはない」


「そうですか? 少なくとも私にはそう見えましたけど……。

 ちなみに、もし恋愛関係だったら何時でも言ってくださいね」


「あれだけのことをやっておいて、よくそんなことが言えるな」


年末の要のデート事件が嫌でも思い出される。


「まぁ、中道さんが恋愛にうつつを抜かすなんて、

 ほぼ間違っても、絶対にあり得ないと思うので

 十中八九、扉関係なんでしょうけど」


「……」


「自分の中で考えて答えを出すって大事なことだと思うんですけど、

 誰かに話すことで得られる答えもあると思うんですよね。

 自分の事って思っている以上に自分じゃ理解しきれていないものですから」


「……参考にさせてもらうよ」


言いたいことが無くなったのか、藤堂が静かに席を立つ。


「そういえば、十五時からの会議資料のチェックがまだでした。

 なので、先に戻りますね」


休憩スペースを出ていく彼女の後ろ姿を見送る。

相変わらず、大雑把なのか繊細なのかよくわからない奴だなと思う。


ただ、変に気を遣わせてしまったのは間違いないので、

少なくとも今は仕事に集中しようと心に決めた火月だった。

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