第188話 幼馴染

「中道君、ありがとね。後は私に任せてくれて大丈夫だよ」


水樹さんがこちらへ向き直り、自信満々に軽く胸を叩いた。


異界から何とか戻ってくることができた火月は、

そのまま意識を失っている修復者を背負ってアタルデセルへ向かった。


事前にスマホで水樹さんに連絡をしておいたので、

スムーズに事を進めることができたと思う。


店内の奥にある八畳ほどの小部屋を案内された火月は、

部屋に敷いてあった布団に彼女を下ろして今に至る。


「わかりました。

 今は意識を失っているようですが、

 呼吸も正常だったので命の心配はないと思います」


布団で横になっている彼女を一瞥して返事をする。


「うん、そうみたいだね。

 幸い外傷も無いみたいだし、目が覚めるまでは様子を見てみるよ。

 それで、念のためにもう一度質問するんだけど、

 扉の中にいたのは伊紗ちゃんだけだったんだよね?」


伊紗という名前の人間に心当たりが無かった火月は、

自分が連れてきた女性の修復者の事だと直ぐに理解する。


「扉の中で見かけたのは彼女だけです。

 でも、扉自体は元々二人で入っていたみたいですね。

 自分が扉を見つけた時は、水晶が二つ蒼色に光っていましたから」


「そっか。じゃあ、やっぱり茜ちゃんは……」


神妙な表情になった水樹さんが静かに呟く。


「水樹さんはこの修復者の事をご存じなんですか?」


「もちろん知ってるよ、彼女の名前は久城伊紗くじょう いすずちゃん。

 ここの近くの短大に通っている二年生で、

 ちょうど半年くらい前に修復者になったんだ。

 といっても今回は私がスカウトしたわけじゃなくて

 友達の紹介って感じだったんだけどね」


「紹介……ですか?」


「うん、彼女と同じ大学に通っている幼馴染の女の子がいるんだけど、

 元々その子が先に修復者でね。

 彼女が伊紗ちゃんをお店に連れて来てくれたんだ」


「それじゃあ、今回ロストした修復者っていうのは……」


「うん、中道君の考えている通りだと思うよ。

 何せいつも二人で扉の修復活動をしていたからね。

 それこそ、姉妹なんじゃないかって思うくらい仲が良かったはずだよ」


「そうですか……」


「とにかく、中道君も疲れてるんだから、今日は早く帰って休んだ方がいいよ。

 せっかくのお正月休みなのにごめんね」


「いえ、自分が勝手にやったことですから。

 それじゃあ、失礼します」


部屋を出て店内に戻ってきた火月は

手前のカウンター席で横になっているねぎしおに話しかけられる。


「もう用は済んだのか?」


「ああ、俺たちに出来ることは何もない。後は水樹さんに任せよう」


「そうか、ならさっさと帰るとするかの。

 もう終わったことなんじゃから、何時までも辛気臭い顔をするでないぞ」


ねぎしおの言っている意味が分からなかったが、

ふと店内の壁に掛けてある鏡が視界に映る。


なるほど、自分は今こんな表情をしていたのかと気づかされると同時に、

ねぎしおの指摘はもっともだなと思った。


「辛気臭い顔は元からだ」


そうぶっきらぼうに返事をした火月は、

店の出入り口へ向かって歩き出した。

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