第186話 時時刻刻

本館の二階の廊下を走っていた火月は、

等間隔で並んでいる窓を通り過ぎる度に外の様子を確認する。


別館をつなぐ空中回廊との距離は確実に縮まってきており、

向かっている方角に間違いはなさそうだった。


「少し急いだ方が良さそうじゃな。

 理由は分からぬが、嫌な予感がするぞ」


肩に乗っていたねぎしおがポツリと呟く。


普段なら肩に乗っている分際で文句を言うなといいたいところだったが、

火月自身も何とも言えないピリピリとした空気を感じ始めていた。


それは、怪物の気配とは全く違う異質のもの……

それこそ、ねぎしおが言うような嫌な予感というヤツなのかもしれない。


「わかった。振り落とされるなよ」


ねぎしおが肩に乗っていたので、

若干スピードをセーブしていたのもまた事実。


本人の許可が出た以上、遠慮なく全力で向かわせてもらうことにしよう。

両足に力を入れて、ぐんとスピードを上げる。


耳元でねぎしおの驚く声が聞こえたが、必死に肩にしがみついているようだった。


そのまま一直線に進んで行くと、

視線の先に空中回廊へと続く広間のようなものが見えた。

同時に、再び建物が大きく横に揺れ始める。


今のスピードを維持したまま廊下を走り続けるのは困難だと判断した火月は、

直ぐに内側の壁面へ飛び移り、そのまま窓側の壁へとジャンプする。


両壁を交互にジャンプ移動しながら広間の方へ向かっていくと、

ねぎしおが興奮した様子で声をかけてきた。


「回廊の天井が崩れおったぞ!」


窓の外を確認する。

空中回廊のちょうど真ん中付近から、

白煙のようなものが上がっているのが見えた。


もう時間との勝負だった。


脇目もふらず、ただ一心に廊下を突き進んだ火月は、

広間へ辿り着くや否や、その先へ続く空中回廊へと視線を向ける。


ねぎしおの言う通り、空中回廊は中心で分断されており、

別館へと続く道は瓦礫で塞がれているようだった。


回廊は徐々に傾き始めており、火の手も本館側へ迫ってきている。

そして、その今にも崩れ落ちようとしている回廊中心付近の廊下に

のが見える。


それが、人だと気づくのにそう時間はかからなかった。


このままだと、建物もとい異界の崩壊に巻き込まれるのは

誰が見ても明らかだった。


とにかく今は一刻でも早く、あの修復者の場所へ行かなければならない。

考えるよりも先に手が動いた。

肩に乗っていたねぎしおの身体を右手でつかむ。


「ようやくお前の出番だ。とにかく今は時間を稼いでくれ!」


「何じゃ? どういう意味じゃ!?」


そのまま投球のフォームをとった火月は、

回廊の中心部に向かって、ねぎしおを勢いよく投げ飛ばした。

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